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不法滞在の子どもたち 〜 合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ〜ヒューマン・バラク・オバマ第7回

不法滞在の子どもたち〜
合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ
〜ヒューマン・バラク・オバマ第7回



■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

トランプ次期大統領がオバマ政権の政策をことごく覆す発言を繰り返す中、シカゴ市長のラム・エマニュエルがニューヨークのトランプ・タワーに赴き、トランプと会談した。

エマニュエル市長は2012年にオバマ大統領が大統領令を発して施行したDACAと呼ばれる法律を無効にしないよう、陳情したのだった。DACAは通称DREAMERSと呼ばれる、子どもの時期に親に連れられるなどしてアメリカにやってきた若い不法滞在者(※)の強制送還を防ぎ、同時に教育を施して就職させ、最終的には永住権を取得させるプログラムだ。アメリカで高校を卒業すること、犯罪歴の無いことなどの条件が付く。

※アメリカは国籍について出生地法を採っており、親の国籍や滞在資格の有無にかかわらず、アメリカで生まれた子は米国籍となる

エマニュエル市長は同意する16都市の市長が署名した手紙も携えていた。 (ニューヨーク、ロスアンジェルス、デンヴァー、ミネアポリス、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シアトル、ボルティモア、セントルイス、ヒューストン、ボストン、フェニックス、ナッシュヴィル、プロヴィデンス)

現在、アメリカには成人も未成年も含め、推定1,100万人の不法滞在者がいるとされている。2012年の施行以来、DACAには74万人を超える申請があった。

■不可能な「不法移民」全員強制送還

トランプも含め、共和党は以前より不法滞在者の合法化を「恩赦」と呼んで強硬に反対し、「全員強制送還」を唱え続けてきた。理由のひとつは「いったん恩赦すると次の恩赦をねらってまた別の不法滞在者がやってくる」であり、確かに一理ある。

しかし全員強制送還が不可能であることは共和党議員も実は知っている。まず、日本の25倍の面積を持つ全米(逆に言えば日本の面積はアメリカの4%)に散らばる1,100万人を捜索し、捕え、一定期間は施設に留め、バスなり飛行機なりに乗せて送り返す予算も人員も場所もない。

次に、成人のほとんどは働いている。アメリカ人がもはや就かなくなった職業に就き、アメリカ経済の底辺を支えている。農場で野菜や果物を摘んでいる、精肉工場で牛を裁いてパッケージしている、工事現場でビルを建てている、裕福な家庭のナニーやメイドをしている、レストランで下働きをしている……彼らを全て送還すると、アメリカ人の生活は成り立たなくなり、同時に物価は急上昇するだろう。

一方、アメリカは子どものバックグラウンドに関係なく義務教育を与えるため、不法滞在者であっても子どもたちはアメリカ人化する。祖国の文化を親から引き継ぎつつ、学校に通うことによって英語を話し、アメリカ人としての基礎を全て吸収しながら育つからだ。彼らはアメリカで生まれた子どもたちと同様にアメリカに貢献する能力を持つ。オバマ大統領も言うように、アメリカがお金をかけて教育した若者を、なぜ祖国に送り返さなければならないのか。中には幼くして渡米し、祖国の言葉を話さないどころか、記憶すら持たない子もおり、彼らにとってはアメリカこそが故郷。そんな子どもを「行ったことも無い」国に送り返すのは非人道的であると同時に、人的資源の無駄でもある。

また、成人にも条件付け、選別は必要だが合法化の道を開き、課税すると、人口が膨大なだけ国庫が潤う。

■レーガンによる不法移民の恩赦があった

それでも執拗に不法滞在者の合法化を拒み続ける共和党に業を煮やし、オバマ大統領は最終手段として大統領令を発動した。

しかし、過去には共和党のレーガン大統領が「恩赦」を行っているのである。1986年にレーガン大統領は不法滞在者のうち、雇用歴があり、犯罪歴のない者など270万人を合法化している。今回の大統領選中、共和党候補者たちはレーガンをアイドルと看做して幾度となくその名を挙げたが、この恩赦については誰も触れなかった。

ジョージ・ブッシュ政権も当初はやはり恩赦反対の立場を採ったが、その間も不法滞在者はどんどん増えるばかり。後にブッシュ大統領自身は恩赦について軟化し始めたが、共和党はガンとして譲らなかった。そのうちに911テロが起り、実行犯が合法に学生ビザを取得していたことから移民法は以前にも増して厳しくなり、不法滞在者の恩赦どころではなくなってしまった。ただしイラク戦争を始めると軍への志願者が足りなくなり、そのため永住権保持の合法移民に対しては「市民権取得のスピード化」を条件にリクルートが行われた。

結局、ブッシュ大統領は1,100万人の不法滞在者問題に手を付けることなく、任期終了。その後、オバマ大統領が苦戦を続けた挙げ句、では、成人はともかく、せめて自身の意思では無く不法滞在者となった子どもと若者を救おうと制定したのがDACA法だ。それを今、トランプが破棄しようとしているのである。

 

 

 

 

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ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教
第7回:不法滞在者となってしまった子どもたち〜合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ





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author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 18:05
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大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教:ヒューマン・バラク・オバマ第6回

 

大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教:ヒューマン・バラク・オバマ第6回

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

アメリカ大統領選と宗教は切っても切れない関係にある。

アメリカは国教を定めていないが実質的にはキリスト教国であり、これも法で定められているわけではないが、大統領はクリスチャンでなければならない。オバマ大統領も含め、歴代44人の大統領は全員がクリスチャンだ。(*)しかもジョン・F・ケネディが唯一のカトリックであり、他はすべてプロテスタント。今回、もしバーニー・サンダースが勝っていれば史上初のユダヤ教徒の大統領の誕生となったが、実現しなかった。

サンダースがヒラリー・クリントンに破れたのは宗教が少なくとも直接の理由ではないが、黒人差別、女性への偏見が根強く残る国でありながら結果的にまずは黒人が大統領になり、次いで今、史上初の女性大統領の誕生の可能性が濃厚となり、それでもキリスト教徒以外の大統領の誕生は見送られることとなった。

ちなみにサンダースが立候補を表明した際、グーグルでは盛んに「サンダースはユダヤ系なのか?」が検索され、「サンダースの年齢は?」を上回ったと言う。若々しさも重要な要素であるアメリカ大統領選だが、サンダースのいかにも高齢な外観より、ユダヤ教徒であるか否かが有権者の関心を引いたのだ。

*リンカーンなど初期の数人の大統領の信仰心を疑問視する歴史家もいるが、少なくとも対外的には全員がクリスチャンだった

■中絶と同性婚

大統領選のたびに論争となるのが中絶と同性婚の是非だ。どちらも敬虔なキリスト教徒は大反対する。同性婚については、ついに米国最高裁が全米規模で認める裁定を下して決着したと思われたが、すると「宗教の自由法」が持ち出された。たとえば店主が自分の信仰に基づき、同性愛者とのビジネスを拒否できるといった法律だ。あるベーカリーが同性婚の披露宴用のケーキのオーダーを拒否した件が報じられ、論争となった。昨年、インディアナ州でこの法案に署名したのは現在、共和党の副大統領候補となっているマイク・ペンス州知事だ。

アメリカにはキリスト教系のメディアもあり、各候補の政策をクリスチャンの視点から詳しく報じる。クリスチャンではあっても信仰心の篤さ、政策との兼ね合いはそれぞれ異なるため、こうしたメディアはそこを追求する。

もっともやっかいなのは無信仰者、無神論者だ。現在のアメリカで無神論者を名乗ると大統領には到底なれず、信仰の強い地域では一般人としての生活もし辛くなる。無信仰者も同様だ。今回、リバタリアンとして立候補しているゲイリー・ジョンソン元ニューメキシコ州知事はディベートで信仰について聞かれ、しどろもどろになった。クリスチャン家庭の出身だがほとんど信仰心は無く、しかしそれを明言するわけにもいかず、答え方に窮したのだった。

■宗教と人種

アメリカでは宗教は純然たる信仰だけの問題ではない。国の歴史上、宗教と人種・民族・出身国が強くリンクする。ゆえにオバマ大統領は自身の信仰について、非常な苦労を強いられてきた。

よく知られている件として、オバマ大統領の父親がケニア人であったことからアンチ・オバマ派が「オバマはケニア生まれでは?」「ならばイスラム教徒では?」と騒ぎ、ドナルド・トランプが「出生証明書を公開しろ」と叫び続けた問題がある。

この件には複数の偏見と疑念が重なっていた。まずは「ケニア人」「アフリカ人」「黒人」を大統領にするわけにはいかないという人種偏見。次に911テロ後に広がったイスラム教への恐怖。このふたつがない交ぜになり、さらにはイスラム教徒=アラブ人と思い込むアンチ・オバマ派も出た。2008年、共和党大統領候補ジョン・マケインの選挙集会中、ある支持者がマケインに向って「オバマはアラブ人でしょ?」と問いかけ、マケインが返答に四苦八苦したシーンは当時、大きく報じられた。

この問題はつい先日、トランプがようやく「オバマ大統領はアメリカ生まれ」と認めるまで延々8年間も続いたが、同時にオバマ大統領が信者として所属していたキリスト教会の件でも揉めたのは皮肉としか言いようがない。

オバマ大統領はクリスチャンであり、地元シカゴにあるトリニティ・ユナイテッド教会のメンバーだった。夫妻の結婚式と二人の娘の洗礼式は同教会のジェレマイア・ライト牧師が執り行っている。

このライト牧師の教会での過去の説教の内容が、2008年の大統領選キャンペーン中にメディアによって取り上げられた。同教会はいわゆる黒人教会であり、ライト牧師の説教には白人への強い非難が含まれていた。また、オバマ大統領(当時は上院議員)と民主党候補の座を争っていたヒラリー・クリントンを黒人ではないが故に黒人の苦しみは分からないと、これも強く批判していた。ライト牧師の言葉があまりに過激であったためオバマ大統領への批判も高まり、最終的にオバマ一家は同教会から脱会することとなった。

この件もまた、宗教そのものではなく、人種問題が取り沙汰されたのだった。

そして昨年、オバマ大統領は毎年恒例の「全米祈りの朝食」と呼ばれる会での演説の内容について共和党議員や保守派からの強い批判を浴びた。この会は米国議会とキリスト教団体の主宰により全米と世界各国から3,500人もの宗教関係者、政財界のトップ、知識層などが招かれるもので、2015年はダライラマも招待されていた。

キリスト教を基本とする場だけにオバマ大統領の演説も「神にすべての称賛を」から始まり、「この会は私自身の信仰の道を振り返ることができる場でもあります」など、キリスト教信者としての言葉に満ちていた。

しかし演説半ばでISIL (ISIS) に触れ、このような残酷な行為は他国や他宗教でのみ起こるのではなく、十字軍の遠征や宗教裁判が神の名において行われ、米国では奴隷制や人種差別がやはり神の名の下に行われたと語った。

言うまでもなく、ISISと十字軍を比較したことに対して猛烈な反発が起こった。ジム・ギルモア元ヴァージニア州知事(共和党)は「アメリカの全クリスチャンを傷付けた。オバマ大統領はアメリカの価値観を信じていない」と怒りを露にした。こうした反応をオバマ大統領は当然、予測していた。演説の後半には「アメリカは世界で最も宗教心の強い国である」「信仰と政府の区分の必要性」「宗教的マイノリティを攻撃してはならない」などと語っている。自身もキリスト教徒でありながら(キリスト教徒であるからこそ)、アメリカのキリスト教信仰の在り方、および政府との関わりを自己批判したのだった。

この宗教的視野の広さは生い立ちによって育まれたものと思われる。オバマ大統領の父親はケニア人でイスラム教徒であったが、それほど信仰熱心ではなかったようだ。しかし母の再婚相手はインドネシア人で、少年オバマは4年間をアジア最大のイスラム教国で過ごしている。ここでイスラム教への知識と理解を得たはずだ。これは現在のアメリカのリーダーとして貴重な資質と言える。「全米祈りの朝食」での演説にあったように、イスラム教過激派によるテロが頻発する時代ゆえに、イスラム教徒全般に偏見を抱き、忌避し、差別を続ければ事態は悪化こそすれ、決して良くはならない。ちなみにオバマ大統領は一連のテロ犯を「"イスラム教"過激派」と呼ぶことすら拒否し、これも批判されている。

いずれにせよ、アメリカを理解するにはアメリカにおけるキリスト教の在り方と影響力を知ることが必須となる。

■白人・男性・キリスト教徒

アメリカの上院議員は各州2名、全米50州でちょうど100人。オバマ大統領も含め、上院議員が大統領へ立候補するケースも多い。以下は現在の上院議員の宗教分布。プロテスタント、カトリック、モルモン教を合わせると88%がキリスト教徒。人種、性別のデータと併せると、やはり「白人・男性・キリスト教徒」が圧倒的多数派となる。

プロテスタント:55人
カトリック:26人
モルモン教:7人
ユダヤ教:9人
仏教:1人
無し:2人
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計100人



白人:95人
ヒスパニック:3人
黒人:2人
アジア系:1人
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計100人



男性:80人
女性:20人
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計100人

 

 

 

 

 

 

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ヒューマン・バラク・オバマ 第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」

ヒューマン・バラク・オバマ 第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独

ヒューマン・バラク・オバマ 第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために

ヒューマン・バラク・オバマ 第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?

ヒューマン・バラク・オバマ 第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由




ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
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author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 07:51
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ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由〜ヒューマン・バラク・オバマ第5回

ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由。〜ヒューマン・バラク・オバマ第5回

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

本選まで1ヶ月を切った時点でトランプの女性への性的ハラスメント問題が続出し、選挙戦はさらなるカオスとなっている。これまでは「ブタ」「汚らわしい動物」「生理で気が立っているのでは」など言葉による度を超えた侮蔑が問題となっていたわけだが、今回はロケバス内で録音された女性を「モノにする」会話が暴露され、そこでは「ビッチ」「ファック」「プッシー」と言った単語が連発されている。

トランプが対抗策としてビル・クリントンの過去のセックス・スキャンダルを持ち出し、大統領選はもはや低俗なタブロイド新聞の様相となっている。それを受け、「触られた」「キスをされた」「着替えを見られた」など、被害を受けた女性たちが現れた。こうしたトランプの過去のセックス・スキャンダルを掘り起こしているのはゴシップ紙ではなく、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズなど、いわゆる高級紙と呼ばれる大手メディアだ。

ポストやタイムズはゴシップ紙に成り下がったのではなく、トランプ当選を阻止するための手段としてこうした記事の掲載を始めた。トランプが政治に無知であることは周知の事実だが、一国を治める大統領として同等に問題とされているのがモラルの欠如だ。「白人・男性・異性愛者・健常者・キリスト教徒」である自分と同類以外の他者をすべて見下し、阻害、差別、攻撃し、自分が上位に立とうとする人間であることがすでに証明されてしまっている。今は女性へのハラスメントが取り沙汰されているが、トランプはこれまでにあらゆるグループを侮蔑している。以下はその一例である。

■ヒスパニック

トランプは昨年6月の大統領選への立候補表明演説ですでにメキシコ人を「レイプ犯、犯罪者、麻薬密売人」と呼んでいる。アメリカとメキシコの国境に壁を作り、費用はメキシコに払わせるとも宣言したが、国境線は3,200kmにも及ぶ。

今年5月には「メキシカン」の判事は公平な裁定を下せないと発言。これはトランプがかつて運営していた詐欺紛いのトランプ大学(実際にはビジネス・セミナーであり、大学ではない)を受講者からを訴えられ、その裁判の担当となったメキシコ系アメリカ人の判事に向けられたもの。判事はメキシカンであり、メキシコ国境に壁を作ろうとしている自分に不利な裁定を下すという主旨だった。この発言は法曹関係者を非常に憤らせた。第一に判事はアメリカ生まれのアメリカ人であり、次いで、法律家は人種も含めてバックグラウンドに関係なく、法のもとに公平・平等に裁定を行うという矜持を傷つけたのだった。

■アフリカン・アメリカン

トランプは1970年代に経営していた不動産会社のアパート賃貸について、黒人を故意に入居させないとして2度、訴えられている。1980年代、経営していたカジノで黒人従業員を著しく差別していたとの元従業員の談話がある。1989年、ニューヨークのセントラルパークで白人女性がレイプ暴行された件で5人の黒人とヒスパニックの少年が誤認逮捕された際、トランプは5人が未成年であるにもかかわらず、自費で「ニューヨークに死刑復活」を訴える新聞一面広告を打っている。後に真犯人が逮捕されたが、トランプは少年たち(現在は成人)への謝罪をおこなっていない。1990年代には経営するカジノなどで黒人従業員への雇用差別でやはり訴えられている。

オバマ大統領就任後、トランプは「オバマはケニア生まれで大統領の資格無し」と何年も訴え続けた。この件について今回の選挙戦の中で非難が高まり、ついに先月「オバマはアメリカ生まれ」と認めたものの謝罪はなく、「オバマに出生証明証を公開させたのは自分の功績」と開き直りの発言。

今回の選挙キャンペーン中、トランプの集会で「ブラック・ライブズ・マター」を唱えて抗議行動をおこなう黒人が男女を問わず、トランプ支持者に殴られたり、小突き回されることが幾度かあった。

今年2月、KKKの元リーダー、デヴィッド・デュークがトランプ支持を表明。この件についてCNNのアンカーマンに質問された際、トランプは「デュークのことは知らない」とのみ言い、デュークからの支持を退けることはしなかった。これを批判されたトランプは後日、インタビュー時はイヤフォンが不調で質問がよく聞こえなかったと釈明。ちなみにトランプの父親(故人)は1920 年代にKKKが暴動を起こした際に逮捕されている。逮捕の行状は不明。

■ムスリム

昨年12月にフロリダ州サンバーナディーノの障害者施設で乱射事件が起こった際、トランプは「全てのイスラム教徒の入国を全て、完全に遮断すべき」と発言。犯人は夫婦だった。夫はイリノイ州シカゴ生まれのパキスタン系。妻はパキスタン人で、夫との結婚を前提にK-1ビザ(通称フィアンセ・ビザ)でアメリカに入国後、結婚していた。 今年6月のフロリダ州オーランドのゲイ・クラブでの乱射事件の際には「反米テロの歴史が証明されている国からの移民を差し止めるべき」と発言。その際、犯人を「アフガニスタン出身」と発言したが、実際はニューヨーク生まれのアフガニスタン系だった。後に「犯人がアメリカにいたのは、両親をアメリカに入れたからだ」と言い直している。

CNNによると、今やテロリストはいわゆるイスラム国家だけでなく、世界40ヶ国に居住や活動の場を広げており、アメリカはそれら40ヶ国からの入国者に対して年間270万通以上のビザを発行。これを全て差し止めることは事実上、不可能と言える。

■軍人

7月に開催された民主党全国大会にイラクで戦死した兵士の両親が登場し、父親のカーン氏がヒラリー支援の演説を行うと同時にトランプを批判。翌日、トランプはカーン氏の妻が側に立つだけでスピーチを行わなかったのは「喋ることを許されていなかったのでは」と、イスラム教徒へのステレオタイプを揶揄。これに対し、他の戦死した兵士の遺族たちが謝罪を求めた。

トランプは昨年、2004年の共和党大統領候補だったジョン・マケイン下院議員について「マケインは(ベトナム戦争で)捕虜となったから戦争の英雄になった。私は捕まったりしない人間が好きだがね」とコメントし、マケイン議員のみならず、多くの軍人と家族、遺族を憤らせた。

■障害者

昨年11月、サウスカロライナ州での選挙キャンペーン集会の演説中に、トランプは手に障害を持つジャーナリストのモノマネをした。トランプは911テロによりWTCのツインビルが崩壊した後、ニューヨークに隣接するニュージャージー州で「何千人ものアラブ人が歓喜しているのを見た」と発言。発言の内容は911テロの数日後にワシントンポストに掲載されたコヴァレスキー記者の記事にある「歓喜し、パーティなど開いたと "される" 数人がFBIに捜査された」の部分に触発されたものと思われる。記事はFBIの活動を記したものであり、実際に歓喜する者がいたとは書かれていない。また、FBIの捜査でもそうしたグループは確認されていない。しかしトランプはコヴァレスキー記者は自身が書いた記事の内容を覚えていないのだとし、観衆の前で手を振るわせながら「覚えてないよ〜!覚えてないよ〜!」とモノマネをした。

 

コヴァレスキー記者のモノマネをするトランプ(16秒目から)



■アジア人

昨年8月、アイオワ州での選挙キャンペーン集会での演説中に、トランプはアジア人の訛りと態度のモノマネをしている。 「日本人、中国人と交渉する時、彼らは部屋に入るや否や、天気や野球については話さず、いきなり『案件をまとめたい!』と言う」とアジア系のアクセントでジョークを飛ばし、会場の笑いを誘った。

■LGBTQ

6月のゲイ・クラブ乱射事件の後、「大統領として持てる力を全て使い、LGBTQ市民を守ります!」と演説したトランプだが、過去の言動は反LGBT。最高裁判所の裁定により全米で同性婚が合法となった後、「大統領になったら同性婚反対の最高裁判事を指名し、覆す」と発言している。それ以前にも「ゴルフのパターをとても長いものに変える人が多いが、とてつもなく魅力がない。ヘンだ。私はあれが嫌いだ。私は伝統的だ」と、同性婚をゴルフのパターに例える話もしている。2011年の時点では、同性婚はおろかパートナーシップも「ノー&ノーだ」としている。

共和党副大統領候補でインディアナ州知事のペンスはさらに強烈なアンチLGBT。昨年、「信仰の自由法」に昨年サインし、同州で施行している。同法は、例えば商店主が「私の信仰に反するのでゲイの客に商品は売れない」、役所の職員が「私の信仰に反するので同性婚の申請書類を受け付けられない」といった言動を合法化してしまっている。

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8年前に史上初の黒人大統領が誕生して以来、マイノリティは大いに勇気付けられてきた。同時にマイノリティの躍進によって自身の優越感と既得権を無くすことに極度の恐怖を抱える者たちがレールを踏み外した。永年の間に減っていたKKKなどヘイト団体に所属する者の数が増えたというデータがある。

昔、KKKのターゲットは黒人とユダヤ教徒だった。それとは別の文脈で、女性は常に男性から抑圧されてきた。今、時代は代わり、ヘイトの対象はイスラム教徒、ヒスパニック、LGBT、さらにはアジア系にも広がりつつある。昔はマジョリティの視野には存在しなかった、もしくは差別の対象にすらならない取るに足らない存在だったグループが、今は狭窄な者たちの視界に入り、苛つかせている。

トランプ支持者がトランプを支持する理由には経済事情も含まれ、必ずしも人種などに基づくヘイトだけが理由ではないが、根底にあるのはそれだ。トランプが叫び続けるスローガン "Make America Great Again" (アメリカを再び偉大に)に共感する層の「偉大さ」とは、自分たちのみが数も能力も立場も秀で、特権を維持できることを指している。

こうした層は真の意味での知性も理解せず、オバマ大統領の知性に反感を抱き、「トランプこそ、我らの代弁者」と言う。トランプに米国大統領として外交と国政を行う能力と知識があるのか、そこに疑問は持たない。

私自身は、テレビ画面でこうした言動を繰り返す大統領を子どもたちに見せることを恐れている。オバマ大統領が過去8年間、人種や背景を問わずすべての子どもたちに見せた品位・知性・ユーモアも含めた人間性と未来への希望をドナルド・トランプはすべて反故にしてしまう。私がトランプをこの国の大統領にするわけにはいかないと考えるのは、これが理由なのだ。


 

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ヒューマン・バラク・オバマ 第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」

ヒューマン・バラク・オバマ 第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独

ヒューマン・バラク・オバマ 第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために

ヒューマン・バラク・オバマ 第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?




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author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 20:53
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ヒューマン・バラク・オバマ 第4回:大統領は二重国籍?〜「生まれつきのアメリカ人」とは。

ヒューマン・バラク・オバマ 第4回:"二重国籍疑惑" の大統領候補者たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは。

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

アメリカ合衆国は子どもの国籍に関して出生地法を採っており、親の国籍やアメリカ滞在資格の有無を問わず、アメリカの国土で生まれた子はアメリカ国籍を持つ。親が外国籍の場合、母国に子の出生を届け出ると子は二重国籍となる。ただし二重国籍に関する法の詳細は各国で異なる。日本の場合は未成年のうちは二重国籍でいられるが、成人後にどちらかの国籍を選び、原則としては他方を破棄することとなる。しかし破棄の方法や、そもそも破棄できるか否かは相手国による。


アメリカに話を戻すと、この国では米国籍保持者であれば「生まれつきのアメリカ人」か「市民権取得者(いわゆる帰化人)」かにかかわらず、ほとんど全ての地位に就ける。たとえばヘンリー・キッシンジャーはドイツ、マデリーン・オルブライトは旧チェコスロバキアからの亡命者でありながら国務長官にまでなった。特にオルブライトは米国史上初の女性国務長官だった。共和党は基本的に移民に厳しい政策を採るが、ジョージ・W・ブッシュ時代にも台湾生まれ、キューバ生まれの各省長官がいた。


唯一、憲法で「生まれながらのアメリカ市民権保持者 (a natural-born citizen of the United States)しかなれないと定められているのが大統領と副大統領だ。しかし、誕生当時から移民国家であるアメリカでさえ憲法制定当時に比べると現代の人の流れは格段に複雑化している。当時は想定もされていなかったであろう出生や結婚の多様化があり、近年は大統領選のたびに「生まれつきのアメリカ人」とは具体的に何を指すのか、どういった出生であれば「生まれつきのアメリカ人」ではないのかが議論されている。


バラク・オバマ最初の大統領選の2008年、この曖昧な「生まれつきのアメリカ人」規定を盾にバラク・オバマには大統領の資格が無いと騒ぐ人々が現れ、バーサー(Birther)と呼ばれることとなった。彼らはバラク・オバマの父親がケニアからの留学生であったことから「オバマもケニア生まれではないのか」「出生証明書を出せ」と訴え続けた。その声を当初は無視していたオバマ選挙チームだが、後にバラク・フセイン・オバマはハワイ州ホノルル生まれと記載された出生証明書を公開した。しかし、その証明書は記載内容の少ないショートフォームと呼ばれるバージョンであったため、バーサーたちは「これでは信じられない」と、引き続き「オバマはアフリカ人」疑惑を訴え続けた。


それでもバラク・オバマは大統領に当選し、バーサーたちの声もトーンダウンした。出生証明書騒動もいつしか忘れられた。ところが二期目の大統領選が迫った2011年、その時は結局は立候補しなかったドナルド・トランプが再び「オバマはケニア生まれ」疑惑を持ち出した。この時、オバマ大統領はショートホームよりも記載内容の多いロングフォームと呼ばれる出生証明書をホワイトハウスの公式ウエブサイトにアップした。この証明書は今もPDFでダウンロードできる。



この時、オバマ大統領は持ち前のユーモア精神を発揮し、出生証明書のコピーを支援者に郵送し、証明書柄のマグカップを大統領グッズとして売り出した。背面にはオバマ大統領の写真に「Made in the USA」と書き添えてある。その一方で毎年恒例の特派員晩餐会にトランプを招き、ディズニー『ライオン・キング』の仔ライオン誕生のシーンを「私の出生の瞬間のビデオです」と上映して会場とテレビ中継視聴者の爆笑を誘った。




ちなみにオバマ大統領の両親がケニア政府に婚姻届け、バラクJr.の出生届を出していればオバマJr. はアメリカとケニアの二重国籍に成り得たと思われるが、オバマ大統領の自伝などを読む限りにおいてはその気配はない。父バラク・オバマSr.はアメリカに来る前にすでに妻子があり、オバマ大統領の母親とは極短期間の婚期を経て離婚。その後はケニアに戻って再婚し、さらに最初の妻との復縁もおこなっている。アメリカでの婚姻をケニアの親族には知らしめたものの、ケニア社会で公式に喧伝した形跡は見当たらない。


■二重国籍疑惑の大統領候補たち


実のところ、「生まれながらのアメリカ人」か否かの議論が持ち上がった大統領候補は他にもいる。


●ジョン・マケイン上院議員
2008年に共和党候補となったジョン・マケインは父親が海軍勤務であったことから1936年にパナマの海軍基地内で生まれている。


●テッド・クルーズ上院議員
今回の大統領選に共和党から立候補したテッド・クルーズは1970年にカナダで生まれている。クルーズの母親はアメリカ白人、父親はキューバ人。父親は1957年にキューバを出てアメリカで大学に進み、カナダ移住後の1973年にカナダ市民権を取得。その後、アメリカに戻り、2005年にアメリカ市民権を取得。つまりクルーズ誕生時にはキューバ国籍だった。

親と共に幼児期にアメリカに移住したクルーズ自身はカナダとアメリカの二重国籍だった。そのままテキサス州選出の上院議員となったが、大統領選立候補を控え、2014年にカナダ国籍を破棄している。本名はラファエル・エドワード(テッド)・クルーズであり、ラテン名である。特にヒスパニック擁護の政策は持たず、公の場でスペイン語を使うことはほとんど無いが、英語/スペイン語のバイリンガル。


●ミシェル・バックマン下院議員
2012年の大統領選に共和党から立候補したミシェル・バックマンは、同年1月に大統領選からドロップアウトした後にスイス国籍問題が持ち上がった。バックマン自身はアメリカ生まれのアメリカ国籍者だったが、夫がスイスからの移民である両親から生まれたスイス系アメリカ人で、スイスとアメリカの二重国籍だった。

当時のスイスの法によりスイス国籍者と結婚した外国人は自動的にスイスとの二重国籍となったが、1978年にアメリカで結婚したバックマン夫妻はスイスに婚姻届けを出していなかった。ところが大統領選からドロップアウトした2ヶ月後に婚姻届けを出し、バックマンと子ども3人もスイス国籍を取得。この件がメディアで報道され、批判されたバックマンは直後にスイス国籍離脱の手続きを行った。


●ミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事
2012年の大統領選で共和党候補となったミット・ロムニーの場合、「生まれながらのアメリカ人」であることに異議は出なかったが、その複雑な出生経緯が話題となった。 ロムニーの父方の祖父母はモルモン教徒のアメリカ人であり、信仰の自由を求めてメキシコに移住し、ロムニーの父親ジョージ・ロムニーはそこで生まれている。ジョージの両親は子にアメリカ国籍を与え、1912年のメキシコ革命時にアメリカに移住。ジョージは1968年の大統領選に立候補し、「生まれながらのアメリカ人」か否かの議論が起こった。


●マルコ・ルビオ上院議員
今回の大統領選に共和党から立候補していたマルコ・ルビオはキューバ系アメリカ人。ルビオの両親は共にキューバ人であり、1959年のキューバ革命時にアメリカに移住。ルビオは1971年にアメリカで生まれている。キューバとの二重国籍を疑う声は一切出ず、単に支持率の低さから大統領選からドロップアウト。本名マルコ・アントニオ・ルビオとラテン名。ヒスパニック擁護策を語り、スペイン語とのバイリンガル。

 

 

上記それぞれの件が話題にはなったが、いずれもオバマ大統領「ケニア人疑惑」ほどの勢いではなかった。そこにはやはり「米国史上初の黒人大統領」への差別、アレルギーがあったと言わざるを得ない。

 

 

いずれにせよ、大統領は「生まれながらのアメリカ人」でなければならないとする憲法は修正なり、追記なりしなくてはならないはずだが、ことが複雑過ぎ、今のところアメリカ社会にその気配はない。-end-

 

 


ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」


ヒューマン・バラク・オバマ
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独


ヒューマン・バラク・オバマ
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために



ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)

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ヒューマン・バラク・オバマ 第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか 〜 人種ミックスの孤独

ヒューマン・バラク・オバマ
 第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか

     〜人種ミックスの孤独

 


バラク・オバマは2008年の大統領選で「米国史上初のアフリカ系大統領」として世界中の注目を集めた。あれから2期8年を経て来年1月に退任した後は、やはり「米国史上初のアフリカ系大統領」として教科書や歴史書に永久にその名を残す。

 


しかし、オバマ大統領は単に「黒人」なのだろうか。父親はケニア人、母親はアメリカ白人。バラク・オバマのアイデンティティは果たして「黒人」なのか、「白人でもある」のか、「ミックス」なのか。はたまた「アメリカ人」なのか、それとも「ケニア人」なのか。

 


以下はバラク・オバマの子ども時代のタイムライン。彼の複雑な人種バックグラウンドがよく分かる。

 


1959
後にバラク・オバマの母となるアン・ダンハムが両親と共にカンザス州からハワイ州に引越す。後にバラク・オバマの父となるバラク・オバマSr.がアフリカのケニアからハワイ州に留学生としてやってくる

 

1960
アン(当時18歳)とバラクSr.(当時24歳)がハワイ大学のロシア語クラスで出逢い、翌年2月に結婚

 

1961
8月4日にホノルルの病院でバラク・フセイン・オバマ誕生

 

1961
8月後半に母アンは乳児バラクJr.を連れてワシントン州の大学へ。父バラクSr.はハワイ大学に留まる

 

1962
父バラクSr.はマサチューセッツ州のハーヴァード大学へ。母アンとバラクJr.はハワイに戻る

 

1964
母アンと父バラクSr.が離婚。父バラクSr.はケニアへ帰国、再婚

 

1965
母アンがインドネシアからの留学生ロロ・ソエトロと再婚

 

1966
義父ロロが単身インドネシアへ戻る

 

1967
母アンとバラクJr.(当時6歳)もインドネシアへ

 

1970
母アンと義父ロロの間にマヤ(バラクJr.の妹)誕生

 

1971
バラクJr.(当時10歳)のみハワイに戻り、祖父母と暮らす

 

1971
父バラクSr.がハワイを1ヶ月のみ再訪。バラクJr.は物心ついて以来、初めて父と会う。後に父はケニアで交通事故により死亡するため、バラクJr.が父と会ったのはこの時のみ。母アンは1995年にガンにより他界

 


要約するとケニア人の父はオバマ誕生後に帰国してしまい、オバマは父の記憶が無いまま、白人である母と祖父母にハワイで育てられている。6歳から10歳まではインドネシアで過ごし、白人の母とインドネシア人の義父との間に妹が誕生。インドネシアからの帰国後、オバマはハワイという黒人が非常に少ない州で多感な中高生時代を送る。ホノルルの黒人人口比はわずか3.3%であり、当時の写真を見ると、白人とアジア系の友人たちに囲まれ、黒人少年はオバマひとり。オバマの自著『マイ・ドリーム〜バラク・オバマ自伝(原題:Dreams from My Father)』(ダイヤモンド社)を読むと、驚くほど多くの部分が黒人としてのアイデンティティ模索の表記となっており、それは成人した後の章でも延々と続く。

 


■黒い人形、白い人形

 


アメリカは人種社会だ。ゆえに異なる人種のミックスはアイデンティティの確立に苦しむ。

 

 

物心つく前の子どもたちに人種は関係ない。ニューヨークでも、たとえば地下鉄の中で離れた座席にいる幼い子どもたち〜白人、黒人、ラティーノ、アジア系、何であれ、それぞれ親に抱かれていたり、ベビーストローラーに座っていたり〜がじっと見つめ合う光景をよく見掛ける。お互いの外観が物珍しいからではなく、単に子ども同士として引き合っているのだ。もし同じ部屋に座らせると、何の躊躇もなく一緒に遊び出す。

 


しかし、その後は徐々に人種について学び始める。そもそも多くの子どもは人種別に隔離された地区に住んでいる。ハーレム、チャイナタウン、ヒスパニック地区、白人の居住エリアなどなど。各地区には人種民族特有の文化(食事、音楽やダンス、スポーツ、話し方、親の職業、所得etc.)が色濃くあり、子どもたちはそれを吸収しながら育つ。マイノリティの場合はマイノリティとしての社会的ハンデを背負わされているにせよ、コミュニティにいる限り文化的には心地よい。裏を返せば、他の人種の文化を知るチャンスがない。具体的に言えば、黒人の子どもはヒップホップとバスケットボールは自然と覚えてしまうが、クラシック音楽やスキーはなかなか体験できない。

 


さらに黒人の場合は周囲から「黒人は劣等」の刷り込みが行われる。有名な実験がある。黒い人形と白い人形を並べ、黒人の子どもたちに「どっちが可愛い?」「どっちが良い子?」と聞くと、多くの子どもが白い人形を指差す。「どっちが醜い?」「どっちが悪い子?」と聞くと、多くの子が黒い人形を指す。理由はそれぞれ単に「白人だから」「黒人だから」。ある女の子は「どっちが自分に似ている?」と聞かれ、辛そうな顔付きで黒人の人形を指差すが、その人形に触れようとはしない。(*)

 

(*:子どもにとって非常に厳しい質問が為されたためと思われる。遊びの場では黒人の人形を「私にそっくり」と喜ぶ子どもは多い)

 


■人種ミックスの孤独

 


子ども時代のバラク・オバマは白人社会とインドネシアで育ち、アメリカの黒人文化を学ぶチャンスがなかった。

 


しかし、周囲は彼をその外観から黒人としてしか扱わない。白人の血が半分入っていること、アジアで暮し、アジア人の義父と妹がいることなど他者は知る由もない。本人がそうした複雑なバックグラウンドを説明したところで、その体験や心情を誰も理解できない。したがってオバマ本人も10代になると自分は黒人だという意識を急速に強めていく。バラク・オバマには、それしか道は無かった。奴隷制時代に由来する「一滴でも黒人の血が流れているなら黒人」の法則は、現代アメリカにもそのまま残っているのである。

 


高校を卒業後、いったん西海岸の大学に進んだオバマがニューヨークのコロンビア大学に移った理由は、黒人街ハーレムに近い場所にあるからだった。しかし、そこでもゲトーの黒人たちと、白人中流家庭に育った自分との間に埋めようの無い距離感を抱く。

 


その時期、オバマは最愛の母アンもまた黒人を真には理解していないことを知る。聡明だが純真過ぎる母は、黒人の美しく“エキゾチック”な面に憧れる少女に過ぎなかった。妹マヤとは人種ミックスであることは共有できたが、マヤも黒人ではなかった。

 


このように人種社会アメリカで人種ミックスとして育つことは、時に深い孤独感を生む。

 


その後、オバマはシカゴの黒人ゲトーに地域オーガナイザーとして出向く。優秀なオバマにはもっと割りのいい仕事がいくらでもあったにもかかわらず。そこでミシェルと知り合うのだが、シカゴで5年働いた後、オバマはハーヴァード大学ロースクールに進む。卒業後にミシェルと結婚してシカゴに戻り、シカゴ大学で以後12年間、憲法を教える。教授時代の後半にはイリノイ州議員に立候補して当選し、教授との兼務を果たす。その後、上院議員となって民主党の若きスターとして注目され、ついに2008年の大統領選でアメリカ初の黒人大統領誕生という奇蹟を起こすに至ったのである。

 


■「黒人度数が足りない」

 


オバマ大統領は「黒人度数が足りない」と言われる。「対立者と融和を試み過ぎる」とも言われる。実のところ、だからこそ大統領に当選したと言える。

 


オバマ大統領のアイデンティティは黒人だ。2010年の国勢調査時、人種欄のどれを選ぶかと聞かれ、「黒人」と答えている。母親が白人なので「白人」を選ぶか、人種ミックスとして「その他」を選ぶことも出来るのだが、これはオバマ大統領のアメリカに対する黒人宣言だった。

 


しかし、大統領とは特定の人種を代表し、その便宜を図る仕事ではない。仮にそうしたくとも全米の黒人人口は13%に過ぎず、最大多数派の白人票を得なければ当選できない。黒人差別が色濃く残るアメリカで白人に票を投じさせたのが、オバマの政治家としての能力と人柄以外に、外観も態度も「ステレオタイプな黒人過ぎない」ことが大きく作用したはずだ。

 


オバマ大統領が対立者と話し合いによる融和を試みることにも必然性がある。黒人が中央社会で成功を収めようとする過程では「黒人だから」というだけの理由で反発が起きる。直裁な人種差別もあれば、社会の仕組みに黒人が不利になる構造が組み込まれていることもある。それに対して毎回、その場その場で烈火の如く怒っていては本来の目標を果たせなくなる。黒人だからという理由で反発してくる相手に対し、その差別的な態度には敢えて目をつむって議事内容を話し合い、相手を説得、納得させて賛同を取り付けなければ政治家として機能できない。白人やアジア人と共に育ってきたオバマは、他人種と自然に馴染めるという大きなアドバンテージを持っている。

 


とは言え、人種差別主義者の「黒人大統領」に対する抵抗は凄まじい。ネットにはオバマと猿をコラージュした写真が溢れている。ある政治家はホワイトハウスが黒人の好物とされるスイカの畑になった絵をバラまいた。共和党がオバマ政権の法案をことごとく否決するのは言わずもがなだが、急死した最高裁判事への追悼を述べる前に「オバマに判事の指名はさせない」と口走るなど、共和党の上院院内総務ミッチ・マコーネルの態度は度を過ぎている。また、いったんは減っていたKKKなどヘイト団体が再度増えた。ホワイトハウスは公表しないが、暗殺も含めた脅迫はかなりあるものと思われる。

 


ドナルド・トランプも「オバマはケニア生まれで大統領の資格は無い」「アメリカ生まれなら出生証明書を見せろ」と唱えるバーサー(出生国主義者)に便乗した。次元の低い人種差別はスルーしてきたオバマ大統領だが、トランプには強烈な仕返しをお見舞いした。トランプも招かれた2011年の特派員晩餐会で、「私の出生の瞬間のビデオを初公開します!」と言って、『ライオン・キング』の仔ライオン誕生のシーンを上映し、会場は大爆笑。晩餐会は全米中継されており、トランプは国中の笑い者となった。

その一方で、黒人知識人コーネル・ウェスト、今回の大統領選に共和党から立候補していた黒人の元脳神経外科医ベン・カーソンは「奴隷の祖先を持たず、白人に育てられたオバマは自分と違って十分に黒人ではない」と批判している。

 

オバマ選挙事務所が支持者に送ったバラク・オバマの出生証明書のコピー

もちろん一種のジョーク。証明書をプリントしたマグカップも作られた。

 


■アメリカの「黒人」の定義

 


当選後も「黒人として」のメッセージをほとんど発しなかったオバマ大統領だが、2012年に17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンが自称自警団の男に射殺された時には「トレイヴォンは私の息子でもあり得たし、35年前の私自身でもあり得た」と言った。さらに「私自身も含めてアフリカン・アメリカン男性の多くが、デパートで万引きしないかと警備員に付けられたり、歩いているだけで駐車中の車のドアを中からロックされたり、エレベーターで乗り合わせた女性が引ったくられないようにバッグを抱え直したりという経験をしている」と語った。

 


このように黒人男性には犯罪と暴力のステレオタイプが付きまとう。暴力を伴う犯罪は貧困の副産物だ。貧困を無くせば犯罪は減り、ステレオタイプも是正され、何より黒人男性自身と社会が幸福になれる。貧困から脱するために必要なのは教育だ。そこでオバマ大統領は2年前に黒人とラティーノの生徒と若者を支援する「マイ・ブラザーズ・キーパー」というプロジェクトを立ち上げた。オバマ大統領はこのプロジェクトを「一生続けていく」と宣言している。

 


バラク・フセイン・オバマは、アメリカという国と社会によって形作られた黒人なのである。時代や場所が違えば黒人ではなかったかもしれない。だが、今のアメリカに於いては黒人であり、ただし他の誰とも違う生い立ちを課せられたからこそ、他者が持てない独特の視点を持ち、ゆえに黒人社会と中央社会を繋ぐことが可能なのである。

 


オバマ一族の写真 2013年大統領就任式の日
 

写真左から
ミシェルの兄
兄の娘(オバマの姪)
兄の息子(オバマの甥)
ミシェルの母
ミシェル
二女サーシャ
バラク・オバマ
長女マリア
オバマの姉の娘(オバマの姪)
オバマの姉(実父の最初の妻の長女)
オバマの妹(白人+インドネシア)
オバマの妹の夫(カナダ生まれのマレーシア系)
オバマの妹夫妻の娘2人(オバマの姪)

 

 


ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領「私はフェミニスト」

 

 

 

 

ハーレムツアー(ブラックカルチャー100%体感!)

 

ゴスペルツアー(ハーレムで迫力のゴスペル!)

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ヒューマン・バラク・オバマ 〜 第1回:父親としてのオバマ大統領「私はフェミニスト」

 

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領「私はフェミニスト」

 

 

前代未聞の事態となった大統領選が進む中、アメリカではすでにオバマ大統領の引退を惜しむ声が出ている。先日の民主党全国大会では早くも「I Miss Obama(オバマが恋しい)」と書いたプラカードを掲げた人もいた。多くの人が選挙戦が進めば進むほど、それはオバマ大統領の引退を意味することから、一抹どころか大いなる淋しさを感じているのだ。

 


ヒラリー・クリントン対ドナルド・トランプの大統領選挙本選は11月8日。その日の勝者が年明け1月20日の大統領就任式で正式に第45代アメリカ合衆国大統領となる。その前日に第44代バラク・オバマ大統領の任期が終わる。

 


アメリカの人々、特に黒人市民の胸中には8年前の、史上初の黒人大統領誕生への期待、熱狂、感動が再び走馬灯のようによぎっている。あの時、「この瞬間、この時代に立ち会えて本当に良かった」と誰もが心の底から思ったのものだ。

 


しかし、以後の8年間はアメリカにとっても、オバマ大統領にとってもイバラの道だった。リーマン・ショックとイラク/アフガン戦争を引き継ぎ、オバマケアを始め、ほとんどの政策で共和党の意固地さに苦しめられた。テロ、無差別乱射、警察から黒人への銃暴力が頻発した。「ケニア人は大統領の資格無し」など、オバマ大統領自身への人種差別も続いた。外交に関しては必ずしも盤石とは言えず、批判されることも多かった。

 


だが、米国大統領はアメリカの国政をおこなう者でもある。日本ではあまり報道されてこなかったが、オバマ大統領は人種的マイノリティ、貧困層、女性、LGBT、刑務所収監者など社会的弱者の権利のために地道な努力を続けた大統領だ。「貧困層の中高生も宿題ができるよう、低所得者団地にWi-Fiを無料提供」など、過去のどの大統領も思い付かなかった政策だ。その背後には彼自身の生い立ちも深く関係している。以後、人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を連載として書いていきたい。

 


第1回となる本号では、オバマ大統領の政策ではなく、「ダディ」父親としてのバラク・オバマについて書いてみる。

 


オバマ大統領は8月6日から2週間の夏休みを取る。今年も妻ミシェル、2人の娘マリア(18)、サーシャ(15)と共にマサチューセッツ州の高級避暑地として知られる“マーサのワインヤード島”で過ごす。

 


普段は寝る暇もないほど多忙な大統領は、この時ばかりはゴルフ三昧となるが、毎夏、娘たちとサイクリングしたり、アイスクリーム・ショップで好みのフレイバーを舐めたりもする。彼が娘たちを、それこそ目に入れても痛くないほどに可愛がっていることはよく知られている。なのでここ2〜3年は「娘たちがティーンエイジャーになって、父親と遊んでくれなくなった」とよく嘆いている。昨年の夏は長女マリアがニューヨークのケーブルTV局HBOでインターンをしたため、わざわざ大統領がニューヨークまで飛び、マリアの友だちも呼んで夕刻に閉館後のメトロポリタン美術館で“デート”をしたりもしている。(美術館まではセントラルパークを歩いたため、偶然居合せたニューヨーカーたちには大きなサプライズ!となった) 年頃の娘を持つお父さんとは、まったく切ないものだ。とは言え、娘たちも実は父さんが大好き。今は「大統領とファースト・ドーターズ」として最後の休暇を存分に楽しんでいる最中ではないかと思う。

 


そんなオバマ大統領が、休暇に出発する2日前に女性ファッション雑誌グラマーに「フェミニストとはこんなふうに見えるものさ」と題したエッセイを寄稿した。タイトルの下には20代の頃のバラク・オバマの白黒写真。パナマ帽を被り、“ナンパ”な顔付きで写っている。当時、ある若い女性写真家がバラク・オバマをモデルとして見初めて撮影した写真だ。

 


文中、オバマ大統領は自分がフェミニストであると何度も書いている。

 


このエッセイ、究極のポイントは娘たちのより良い未来のために、娘たちが何であれ希望する道に進めるよう、女性にすべての門戸を開きたいということだ。そのためには「女性はこうあるべき」というステレオタイプを無くさなければならない。そう思い至った背景として、シングルマザーとして自分を育てた母親(開発途上国の女性支援に生涯を捧げた)、その子育てを助けた祖母(学歴がないにも拘わらず銀行の支店長になった)、自分自身のキャリアと子育ての両立に苦心しながらもやり遂げたミシェルの存在と、当時は議員という職業のスケジュール上、子育てを手伝えずにミシェルに大きな負担をかけたことへの後悔を挙げている。

 


加えて、女性へのステレオタイプを無くすには男性へのステレオタイプを無くす必要もあると強調している。大統領は父を知らずに育った自分が「どんな男性になるべきか」が分からずに苦しんだこと、そこには世間にあふれる「男性とはこうあるべき」というステレオタイプの存在があったことを綴っている。

 


 


2009年の初当選時、オバマ夫妻が最も心配したのは、当時7歳のサーシャと10歳のマリアのことだった。まだ幼い子どもを一般社会から隔絶されたホワイトハウスに住まわせ、常にシークレットサービスに付きまとわれる生活が一体どんな影響を及ぼすのか。

 


両親としての2人は子どもたちに可能な限り、「普通」の生活をさせるよう、心掛けた。子どもたちは4年後もしくは8年後にティーンエイジャーという、とても難しい年頃で一般社会に戻らなければならないことが分かっていたからだ。ミシェルはホワイトハウスのメイドに対し、娘たちにベッドメイキングを自分でさせるよう頼んだと言う。アメリカ人にとって寝起きにシーツやベッドカバーをきちんと整えることは必須の生活スキルなのだ。ちなみに今夏、15歳になった末娘のサーシャは避暑地に一足早く到着し、地元のシーフード・レストランで短期のアルバイトを経験した。これも来年からの一般人としての生活のリハーサルなのだろう。もっとも、6人ものシークレットサービスに取り囲まれてのことだったらしいが。

 


ミシェル自身もファーストレディとして多忙になることが明白だったため、ミシェルの実母、子どもたちの祖母もホワイトハウスに同居した。オバマ大統領の両親とミシェルの父はすでに他界しており、子どもたちにとって唯一のおばあちゃんだ。

 


娘たちのプライバシーを守るためにメディア露出は抑えられたが、ホリデーシーズンや休暇時のファミリー写真は公開された。両親揃って長身なためか、娘たちも新しい写真が出るたびに驚くほど背が伸び、顔付きもどんどん大人びて、全米の“オバマ・ファミリー・ファン”を驚かせた。ミシェルの見立てと思われる、子どもたちのファッションも注目を浴びた。

 


アメリカの黒人にとって、聡明そうな可愛い黒人の女の子がセンスのいい服を着てホワイトハウスで無邪気に笑う図は、まさに「夢のよう」だった。これは母親であるミシェル自身がまったく同じように感じていたことでもあり、7月下旬に開催された民主党全国大会でのヒラリーへの応援演説の中でこう語った。


「私は毎朝、奴隷が建てた家(ホワイトハウス)で目を覚まします。そして、美しく、知的な、若い黒人女性である娘たちが芝生で犬と遊んでいるのを見るのです」

 


ミシェルもオバマ大統領と同くハーヴァードのロースクールを出たエリートであり、夫が上院議員の時代には夫を凌ぐ収入を得ていた。しかし、典型的なアメリカ黒人家庭出身の女性がそこまで登り詰めるのは容易なことではなかったと断言できる。ミシェルの出身地は、若き日のバラク・オバマが一旦キャリアを捨てて コミュニティ奉仕家として出向いたイリノイ州シカゴ。サウスサイドという黒人貧困地区を抱え、今、シカゴの殺人件数は3倍以上の人口を持つニューヨーク市のそれを上回っている。過剰な犯罪発生率は背後に昔から延々と続く貧困と差別があることの証拠であり、そうした暮しを強いられる黒人へのステレオタイプも消えることなく刻印となってしまっている。400年前に祖先が奴隷であったことは、今の時代を生きる黒人たちにも大きなインパクトを与えているのである。

 


したがってビジネス界で成功を収めるには、ミシェルは女性としてだけでなく、黒人としてのステレオタイプとも闘わなければばらなかった。自身も黒人であることから大統領となった後も人種差別を受け続けているオバマ大統領は、「フェミニスト」エッセイでミシェルの黒人女性としての葛藤にも触れている。

 


こうした歴史背景と現状があるからこそ、オバマ夫妻は娘たちに「ジェンダーや人種によって自分や、他の誰かが不公平に扱われたら声を上げる」ことを教えてきたと書いている。「娘たちにとって父親がフェミニストであることは重要だ」とも。なぜなら「娘たちは、全ての男性がそうであることを望むからだ」

 

 

(次号に続く)

 

 

Glamour Exclusive: President Barack Obama Says, "This Is What a Feminist Looks Like"

Transcript: Read Michelle Obama’s full speech from the 2016 DNC
 

 

 

 

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