RSS | ATOM | SEARCH
トランプと黒人社会の戦争が始まる〜ヒューマン・バラク・オバマ第13回

トランプと黒人の戦争が始まる〜ヒューマン・バラク・オバマ第13回

 今回の大統領選で投票した黒人女性のうち、トランプに票を投じたのはわずか「4%」だった。黒人女性たちは歴史・経験・知性・本能によってトランプを回避しようとした。その願いもむなしくトランプが大統領となった今、黒人社会は今後4年間の在り方を模索し始めている。


■アメリカの大虐殺

 トランプの就任演説は日本語訳もなされたが、アメリカ社会の背景抜きでは伝わり切らない部分がある。

 「都市の中心部(インナーシティ)では母親と子供たちが、貧困に囚われている」

 「インナーシティ」とは都市部のゲトーを指す。住人の多くは黒人とラティーノ。「母親と子供たち」はそこで圧倒的多数を占める貧しいシングルマザー家庭を指す。

 「犯罪とギャングと麻薬があまりにも多くの命を奪い」「このアメリカの大虐殺は正にここで今、終わる」

 同じ段落の中で工業が衰退して貧困化した中西部のラストベルト地帯にも言及しているが、大筋では黒人ゲトーの犯罪を示唆し、それを「アメリカの大虐殺」と言い表している。


■シカゴに連邦軍を!

 1月24日にトランプは以下のツイートをした。

 「シカゴが酷い “大虐殺” が続いているのを止めないのであれば、2017年に228件の発砲事件で42人死亡(2016年から24%増加)、オレは連邦軍を送り込むぞ!」

 相変わらずのぎこちない文章で「!」付きであることはさておき、メディアはさっそく「トランプがシカゴに連邦介入と脅す」の見出しで報じている。

 アメリカ第3の都市であるシカゴは近年、犯罪の悪化に苦しんでいる。ミシェル・オバマの出身地で、若き日のバラク・オバマが地域奉仕家として働いたサウスサイドと呼ばれる地区も含め、大きな黒人インナーシティがあり、そこが手に負えない状況となっている。

 トランプ当選後の昨年12月、トランプの強硬な移民政策を危惧した全米14都市の市長が連名で手紙を書き、シカゴのラーム・エマニュエル市長が代表としてニューヨークのトランプタワーまで届けた。その際、市長はシカゴの状況についても説明した。

 こうした経緯があるにもかかわらず大統領が一市長に対してツイッターで軍隊を送ると唐突に脅迫したのである。ちなみにトランプがいきなりシカゴの件をツイートしたのは、昨日フォックスニュースがシカゴの犯罪率アップを報じた直後。相変わらずの衝動性である。


■ブラック・ライブズ・マター壊滅策

 ホワイトハウスの公式ウェブサイトはトランプの就任と同時にすべて書き換えられた。

 「我らの法執行機関のために立ち上がる」と題されたページに「米国のアンチ警察の空気は危険であり、間違っている。トランプ政権はこれを終らせる」とある。黒人への警察暴力に対抗するために起こったブラック・ライブス・マター運動を指しているのは明らかだ。「トランプ政権は法と秩序(警察が取り締り、法で裁く)の政権となる」ともあり、アンチ警察運動を厳しく取り締まることを示唆している。

 トランプが司法長官に指名したジェフ・セッションズ(現アラバマ州選出上院議員)は人種差別主義者として知られる人物だ。1986年、レーガン政権下で連邦判事に指名された際、Nワードを使った、KKKについてのジョークを発したなど数々の問題発言が公聴会で証言され、非常に稀な指名却下となった経緯を持つ。

 オバマ政権下の二人の司法長官、エリック・ホールダーとロレッタ・リンチは共に黒人への警察暴力問題と闘ったが、セッションズが司法長官になれば全く異なる道行きとなる。


■バラク・オバマへの恨み

 残念ながらシカゴ市民とエマニュエル市長はイバラの道を行くこととなるだろう。

 まずトランプ自身が大変な人種差別主義者である。すでに何度か書いたことだが、1989年にニューヨークのセントラルパークで若いエリート白人女性がレイプの上、瀕死の重傷を負わされ、ハーレムの5人の少年が誤認逮捕される事件があった。この時、トランプは自費で新聞に「ニューヨークは死刑を復活すべし」との一面広告を出した。全員が未成年、最年少14歳に対しての死刑である。また、トランプは経営するアパートに黒人の入居を拒んだこと、カジノの黒人従業員への差別対応などで何度も訴訟を起こされている。

 以下は筆者の主観だが、トランプは執拗な人間だ。「オバマはアフリカ生まれでイスラム教徒」と何年も言い続け、ついに自身も招待されたホワイトハウスの晩餐会でオバマ大統領から大きなしっぺ返しを衆人環視、テレビ中継もなされていた場で喰らった。トランプはこの時の恨みを一生忘れないだろう。

 シカゴはオバマ夫妻の故郷である。市長のラーム・エマニュエルはオバマ政権の初代大統領首席補佐官であり、個人的にもオバマ前大統領の親しい友人だ。トランプはシカゴを徹底的に攻撃し続けるであろう。

 シカゴだけでなく、全米で司法から黒人社会への強硬策、抑圧が善しとされる空気が生まれ、警察暴力が増え、これまで以上に人が死ぬだろう。しかし警官は起訴されず、無罪放免となり、警察と黒人コミュニティの関係はさらに悪化するだろう。子供を持つ母親たち、夫や恋人を持つ女性たちの直感は正しかった。女性たちは闘い続けていかねばならないのである。




連載「ヒューマン・バラク・オバマ・シリーズ」(バックナンバー)




ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 00:05
comments(1), trackbacks(0)
「You are cool.」子どもたちから大統領への手紙〜ヒューマン・バラク・オバマ第12回

「You are cool.」子どもたちから大統領への手紙〜ヒューマン・バラク・オバマ第12回

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

「ありがとう。そして楽しんで、国を治めることを〜子どもたちからオバマ大統領への手紙」という本がある。2008年にオバマ大統領が初当選した直後にアメリカの子どもたちが書いた手紙、約100通をまとめたものだ。表紙のオバマ大統領の似顔絵も子どもが描いている。

8年前に書かれた子どもたちの手紙には、当時のオバマ大統領への社会の大きな希望が反映されている。

ある9歳の女の子は「私はあなたに投票しました/私と私の家族はあなたがマケインよりも助けになると思いました」と書いている。9歳に投票権はもちろん無い。親が大統領選について、バラク・オバマについて、子どもにいろいろと話したのだろう。「史上初の黒人大統領」の誕生に国中が盛り上がっていた。希望に溢れていた。親も教師もオバマ大統領について子どもに語り続けたのだ。

この女の子の親は、もしかするとこの子を投票所に連れていったのかもしれない。投票所にもよると思うが、投票ブースに子どもを連れて入っても差し支えはない。だからこの女の子は自分自身がバラク・オバマを次期大統領にふさわしいと判断し、自分も投票したのだと感じているのだろう。この子にとってオバマ大統領はアメリカ人がよく言うように「マイ・プレジデント」なのだ。


Thanks and Have Fun Running the Country: Kids' Letters to President Obama
Edited by Jory John



手紙はワシントン州シアトルの学童保育所の指導者が思い付き、子どもたちに書かせたもの。他州にある同じ系列の学童保育所にも声を掛けたため、手紙はニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ボストン、サンフランシスコなどからも寄せられている。地名と手紙の内容から察するに、どれも都市部にあり、それほど豊かではない家庭の子どもが多いように思える。人種的マイノリティ、移民の子どもも多く含まれている。

多くの子どもが「大統領に当選しておめでとう」に続いて、「大統領として●●をしてください」と、なんらかの社会問題を持ち出している。そこに挙げられている問題は個々の子どもたちが実際に直面しているものであることが多く、子どもたちは親や先生が満面の笑顔で語る新大統領なら、きっと解決してくれるに違いないと大きな期待を寄せていたことが文面から伺える。


■リーマンショックのまっただ中で

「物価を下げるように言ってください。ボクのお母さんとお父さんは働いてなくて、あまりお金がありません」(10歳)

リーマン・ショックは2008年9月15日に起こった。多くの人々が家や職を失い、アメリカは混沌状態となった。大統領選は直後の11月4日。バラク・オバマが勝ち、翌2009年1月20日の大統領就任式を経て第44代アメリカ合衆国大統領となった。就任の瞬間から厳しい経済問題が待ち構えていた。

子どもたちは手紙の中で「増税」「医療保険」「奨学金」について大統領に支援を願っている。4年後に大学に行きたいと言う13歳にとっては、まさに切実な問題だ。子どもたちはまた、街頭で見掛けるホームレスの救済も願っている。「国民全員に毎日10ドルずつ配る」提案がある。ベーシック・インカムを、そうとは知らずに考えついているのだ。(アイスクリームを配る提案もある!)

イラク/アフガン戦争も続いていた。ある少年は「イトコが戦争に行っていた時、とても心配でした」と綴っている。アメリカの子どもにとって戦争は家族が派兵する、ごく身近な事象だ。

移民問題もある。自身はアメリカ生まれだが中南米の祖国に残っている家族をアメリカに呼び寄せる支援をオバマ大統領に願う子ども。家族がキューバ出身で、キューバの当時の窮状を連綿と訴える子ども。

少なくない子どもが自分が大統領であれば何をするかを書いている。「悪い麻薬」を根絶したい7歳児がいる。近所の犯罪を無くしたい子どもがいる。「世界中から好かれていないアメリカ」をなんとかするためにオバマ大統領の手助けをしたい子どもがいる。長官か補佐官に子どもを任命してはどうかと提案する子どもがいる。環境問題を憂い、「水で走る車」を思い付いた子どももいる。

難題を抱えた新米のオバマ大統領を応援する子どももいた。「心配しないで。私と、私の家族と、私の友だちと、私の学校が応援します」(13歳)


■「You are cool.」

子どもたちは自分とオバマ大統領の共通点を見つけようと一生懸命だ。ある7歳の男の子は「ボクもシカゴ出身で、人種ミックスで、カーリーヘアです」と書いている。ある女の子は自分はアラブ系で、オバマ大統領も「半分アラブ系」だと聞いたと書いている。残念ながら、これは大統領選中に広まった誤解なのだが。

他にも「学校に来てください」「子どもと大統領が話せる電話を作ってほしい」など、子どもたちはオバマ大統領をとても身近に感じている。5歳の女の子は「あなたのお家で会えますか?」と書いている。当時11歳と8歳だったオバマ大統領の娘マリアとサーシャに触れたものも多い。年齢が近いだけに、なおいっそうの親近感があったのだろう。オバマ大統領が当選の暁に娘たちに飼うと約束した犬について尋ねるものもある(後にポルトガル・ウォーター・ドッグ種のボーとサニーが飼われることとなった)。ミシェルがあなたを助けますというものも何通かあった。

オバマ大統領は全国民から寄せられる手紙を毎日10通ずつ読んでいる。出先で市民に歓待される際、必ずといっていいほど幼い子どもを抱き上げる。ホワイトハウスで毎年子どもの科学フェスティバルを開催し、子どもたちの発明品を見て回る。黒人とラティーノの少年支援プロジェクトを開始している。

オバマ大統領は子どもに夢と希望を抱かせることが出来る人物だった。子どもたちに「自分もああなりたい」と思わせる大統領だった。子どもたちはオバマ大統領を「Cool」だと思った。子どもたちはオバマ大統領と躊躇なく言葉を交わせた。

だからこそ子どもたちは手紙の中で率直に「ボクの家族は貧しいです」と言い、助けを求めることができた。彼らが手紙で訴えた問題は、今も重要な課題であり続けている。それらを全て解決できれば、アメリカと世界は今よりはるかに良くなるはずだ。冗談でもなんでもなく、大統領と政府は子どもの声にもっと耳を傾けるべきなのかもしれない。

8年前に手紙を書いた5歳から13歳の子どもたちは今13歳から21歳となっている。彼らにもう一度、オバマ大統領への手紙を書いてほしい。過去8年間に何を思い、何をして、これから先、大統領ではなくなるバラク・オバマに何を望み、トランプが大統領となる今後のアメリカをどう考えているのか。ぜひ聞かせて欲しい。

「あなたはぜったいに悪い言葉を使わないと思います」(7歳)




連載「ヒューマン・バラク・オバマ・シリーズ」(バックナンバー)




ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 22:08
comments(0), trackbacks(0)
黒人の街ハーレムとゴスペル教会〜映画『ザ・バース・オブ・ア・ネイション』

黒人の街ハーレムとゴスペル教会〜映画『ザ・バース・オブ・ア・ネイション』

 ハーレムには教会が約180軒ある。密集度は日本のコンビニどころではない。ハーレム中のあちこちで教会が向かい合わせに、または隣り合わせに建っている。規模も建築様式もいろいろだ。大きく美しく荘厳で「これぞまさに教会!」という外観ゆえに映画のロケに使われるものもあれば、“ストアフロント・チャーチ”と呼ばれる、店舗だったところを借りて教会として使っているささやかなものもある。

 こんなふうだから日曜の朝のハーレムは世界中からやってくるゴスペル教会目的の観光客で文字どおりに溢れてしまう。優れたゴスペル・クワイアを持つ大きな教会の前には長蛇の列ができる。観光シーズンの夏には並んでも入り切れないことすらある。


写真:K. Domoto

 ゴスペル教会にやってくる観光客は圧倒的にヨーロッパ人で、近年は特にフランス人が多いように感じる。クリスチャンも少なくないはずだが、黒人教会のゴスペル、そして礼拝そのものが自分たちの教会のそれとは全く異なるゆえに観光として成り立ってしまうのだ。

 ゴスペル歌唱は日曜礼拝の一部であり、礼拝の最重要部分は牧師による説教だ。しかし黒人教会の場合は音楽、つまりゴスペルも非常に重要であり、長い時間が割かれる。日本から訪れる人が驚くことのひとつが、ゴスペル・クワイアのバックバンドにドラムがあることだ。カトリック教会の静謐にして壮麗な聖歌をイメージしている人は不思議がる。だが、黒人教会の多くはカトリックではなくプロテスタントであり、そして黒人音楽はジャンルを問わず、リズムこそが命なのである。いったん演奏と歌が始まれば、あとは説明不要なのだが。

 それでもゴスペルとは、つまり賛美歌であって、歌詞はすべて神への賛辞。どの曲でも「神を讃えよう」「神は素晴らしい」「神は万能」「神は他の何ものにも代え難い」といったフレーズが繰り返され、合間に「ハレルヤ!」「エイメン!」の声が挟まれる。

 ちなみに日本に於けるカトリック教会と黒人教会ゴスペルの混同は、映画『天使にラブソングを!』によってもたらされた。あの映画はウーピー・ゴールドバーグ演じる黒人キャバレーシンガーが白人ばかりの厳格なカトリック教会の尼僧たちに黒人教会式のゴスペルを歌わせ、思いっきりの開放感を与えるという物語だった。


■映画『ザ・バース・オブ・ア・ネイション』

 私自身はクリスチャンではない。しかし黒人教会の在り方を知ることは黒人文化と黒人社会を理解するための大きな助けになると考えている。

 昨年、アメリカでは黒人とキリスト教のなれそめを描いた『The Birth of a Nation』という優れた映画が公開された。ナット・ターナー(1800-1831)という実在の奴隷の伝記映画だ。幼い頃から聡明だったターナーは黒人奴隷でありながら聖書を学んで熱心なクリスチャンとなり、奴隷たちにキリスト教の教えを説いた。奴隷主がターナーに説教をさせた目的は、「奴隷主の言うがままに働けば天国に行ける」と信仰を利用して奴隷を使うことだった。自身の意思とは異なる目的で説教を続けざるを得なかったターナーは、やがて白人への謀反を企てる。奴隷たちを組織し、大量の白人を殺害する。だが奴隷たちも瞬く間に殺され、ターナーも処刑されてしまう。

 劇中、ターナーの説教がどんどんと白熱するシーンがある。白人に命じられ、銃を持った白人の前で奴隷を奴隷のまま繋ぎ留めておくための説教だった。ターナーは黒人を苦しめ続ける悪魔のような白人たちへの報復の闘いの物語を祈りの言葉に忍ばせた。

 「私は祈り、あなたは歌う。神への新しい歌を!」

 奴隷たちはターナーの言葉に呼応し、精神を高揚させ、両手を天に差し出し、涙を流し、足を踏み鳴らして祈る。現代の黒人教会の祈りのシーンと全く同じだ。200年も昔のことであり、録音や記録が残っているわけでもなく、この祈りのシーンが実際のターナーと奴隷たちの様子にどれほど忠実なのかは知る由もないが、黒人教会特有の祈りのスタイルがこうして出来上がっていったであろうことは想像に難くない。黒人たちは奴隷解放後も現在に至るまで延々と続く人種差別と、それに基づく貧困などさまざまな困難を抱えている。信仰と教会は今も精神の寄りどころとして無くてはならない存在なのだ。



※『The Birth of a Nation』はサンダンス映画祭で絶賛されてアカデミー賞の呼び声も高かったたものの、主役・監督・原作・脚本のネイト・パーカーの過去のレイプ事件が報じられたことにより2016年10月の公開時には広告もほとんど為されず、興行成績も不振。賞レースからも漏れ、国外公開もキャンセルとなった。KKKを描いた1915年の映画『The Birth of a Nation』(邦題:国民の創世)と同じタイトルなのはパーカーの意図による。


■大統領からラッパーまで

 現代の黒人教会に足を運んでみると、当然だが至って平和的だ。教会員同士は笑顔で挨拶し、ハグや握手が繰り返される。ゴスペルが熱く、ソウルフルに、朗らかに、歓喜をもって歌われ、時にはシニア教会員によるダンスや子どもの合唱もある。牧師の説教があり、教会員へのお知らせもある。聖書の勉強会やイベントの告知だけでなく、教会員やその家族が亡くなったり、若い教会員が大学進学のために地元を離れるといったことが報告される。教会員たちはお互いを「ファミリー」と捉えている。

 牧師の話の内容は多岐に亘る。ある日、女性牧師が聖書の中の物語〜夫に先立たれた未亡人が息子まで亡くしてしまう〜を語った。牧師はこの話を現代の女性に置き換えた。

 「夫がアテにならなくて、息子までダメになっちゃって、そんな時に他人に『大丈夫よ』なんて言われてもどうしようもないですよね!でも、イエスは貴女を見ているのです!」

 ナット・ターナーと同じ手法だ。神の話、聖書の話を生身の信者に置き換え、リアリティをもって訴えかけていく。

 こうした礼拝中に気付くのが、幼い子どもたちの存在だ。親に抱っこされた赤ちゃんもいる。歌詞の内容は分からずとも、ゴスペルのリズムに合わせて身体を揺らしている。リズムを楽しんでいることが顔付きから分かる。そのうちに少しずつ言葉が分かるようになるとゴスペルの歌詞、牧師の話を理解していく。家庭でもクリスチャンの親からクリスチャンとしての価値観を日常生活の中で教わる。こうして子どもたちは自然とクリスチャンに育っていく。ある程度年齢が上がると教会に通わなくなる子どもも多いが、その時点ですでにクリスチャンだ。アメリカでは大統領バラク・オバマからラッパーたちまで、圧倒的多数の黒人がキリスト教徒なのである。(続く)



写真:K. Domoto



ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 18:37
comments(0), trackbacks(0)
黒人の子どもにオバマ大統領が必要だった理由〜ヒューマン・バラク・オバマ第11回

黒人の子どもにオバマ大統領が必要だった理由〜ヒューマン・バラク・オバマ第11回

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■


 オバマ大統領が無類の子ども好きなことはよく知られている。


 ホワイトハウスにはピート・ソウザという専属フォトグラファーがいて、ホワイトハウス内はもちろん、オバマ大統領が行くところどこでも同行し、大量の写真を撮ってはホワイトハウス公式ウエブサイトや公式インスタグラムにアップしている。各メディアもソウザ氏の写真を使うことが多い。政治的な緊張感が漂う写真も多いが、目を引くのは子どもとオバマ大統領の写真だ。



■オバマ大統領はホワイトハウス職員に子どもが生まれたと聞くや、「連れてきて」と頼むという。職員も激務のはずなのでそうそう簡単ではないと思えるのだが、それでも皆、連れてくる。赤ちゃんは大統領の執務室、オーバル・オフォスのカーペット敷きの床をハイハイし、オバマ大統領はスーツ姿のまま跪いて一緒に遊ぶ。時には床に寝転び、赤ちゃんを“高い高い”する。

●執務室の床で赤ちゃんと遊ぶ(写真)

●ホワイトハウス職員の赤ちゃんとご対面(写真)

●「いないいないばあ」(写真)




■オバマ大統領が全米各地、世界各国に出掛けると、必ず市民が歓迎のために集まる。オバマ大統領は人々と握手し、中に赤ちゃんを連れた人がいると必ずといっていいほど赤ちゃんを抱き上げる。過去8年間でオバマ大統領は世界中のいったいどれほどの赤ちゃんを抱っこしたのだろうか。

●赤ちゃんを抱き上げる(写真)

●プラハの米国大使館で赤ちゃんを抱っこ(写真)




■ソウザ氏によると、幼児は当然カメラなど気にせず思うままに行動する。ゆえにとても面白い被写体となる。

●お医者さんごっこ(写真)

●幼稚園で園児と共に(写真)

●時にはなついてもらえないことも(写真)




■子どもは大人が本気で自分を気に掛けているかどうかを本能的に知る。子どもたちにとっては大統領とはいえ、単に初めて会う“おじさん”に過ぎない。それでもオバマ大統領と共に撮影された子どもたちは全幅の信頼を寄せた表情で大統領に抱きついたり、大統領の目を見つめていたりする。


●男の子の頭をなでる(写真)

●リンカーンの肖像の前で(写真)

●ミネソタの学校にて、抱きつかれる(写真)




■もう少し年齢が上がり、大統領とはどういった立場の人かを理解している子どもになると、憧れと敬意の混じった眼差しでオバマ大統領を見つめている。

●オバマケアについての演説を聞く少年(写真)

●ホワウトハウス恒例の子ども科学フェアで大統領を撮影する少女(写真)

●サウスカロライナ州黒人教会乱射事件の犠牲者の娘たち(写真)




■オバマ大統領は人種もエスニックも関係なく、全ての子どもが好きだ。子どもたちも同じ。

●オバマ大統領のいちごパイをほうばる少年(写真)

●ローマ教皇に手紙を渡した不法移民の娘をホワイトハウスに招待(写真)

●マレーシアで難民の子どもたちと語る(写真)




■だが、奴隷制に基づく根強い黒人差別が今も残るアメリカゆえに、黒人の子どもにとって米国史上初の黒人大統領には格段の意味がある。それを象徴するのが、この写真だ。オバマ大統領が就任した2009年。ブッシュ政権に仕えていたホワイトハウス職員が「ホワイトハウスを去る前にぜひ大統領に謁見したい」と願い、実現した際のもの。

●オバマ大統領の髪をさわる5歳のジェイコブ(写真)

 以下は職員の息子で当時5歳のジェイコブとオバマ大統領の会話。

ジェイコブ「……ボクの髪が大統領の髪と同じか知りたいです」

大統領「自分で触ってみたら?」

ジェイコブ(ためらう)

大統領「触って、ほら!」(と頭を下げる)

ジェイコブ(触る)

大統領「どう?」

ジェイコブ「はい、同じです」

 黒人にとって肌の色だけでなく、髪の質も黒人であることの強い象徴であり、プライドとなることもあれば、白人優位の社会にあって大きなコンプレックスにもなる。オバマ大統領の存在は黒人の子どもに「自分と同じ外観の人が大統領なんだ!」という驚きと、「だったら自分も大統領になれるかもしれない」という希望(Hope)を与えた。歴史がもたらすダメージが今もあるからこそ、黒人の子どもには勇気付け、動機付けが必要となる。

 ホワイトハウスの壁に飾られているこの写真は、ワシントンD.C.のスミソニアン・アフリカン・アメリカン歴史文化博物館にも展示されることとなった。

 “大統領とファーストレディとして、バラクと私は同じ取り組み方をしています。なぜなら私たちの言葉と行動は私たちの娘だけでなく、アメリカ中の子どもにとって重要だからです。「テレビであなたたちを見ました。学校の作文であなたたちのことを書きました」という子どもたち。夫を尊敬の眼差しで見上げ、希望で大きく目を見開き、「僕の髪も大統領みたい?」と思うあの小さな黒人の男の子みたいな子どもたちにとって。”(ミシェル・オバマ)

●執務室で大統領とセルフィーを撮る黒人の兄弟(写真)

 大統領は政治的使命を果たせば子ども好きである必要はない。しかし、オバマ大統領の個人的な資質である子ども好きは、この国の多くの子どもに大きな夢と希望を与えた。子どもたちはやがて国の将来を担っていく。オバマ大統領8年間の最大の功績は、子どもという国の礎を培ったことかもしれない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独

第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教
第7回:不法滞在者となってしまった子どもたち〜合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ
第8回:不当長期刑のドラッグディーラー1,300人を恩赦〜法の不平等を正す
第9回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために(全文掲載)
第10回:ミシェル・オバマを「サル」〜メディアを読まない医師・教師・町長





ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 09:34
comments(0), trackbacks(0)
ミシェル・オバマを「サル」呼ばわり〜メディアを読まない医師・教師・町長 〜ヒューマン・バラク・オバマ第10回
ミシェル・オバマを「サル」呼ばわり〜メディアを読まない医師・教師・町長 〜ヒューマン・バラク・オバマ第10回

 「ヒューマン・バラク・オバマ」シリーズの一環として、今回はミシェル・オバマの人生について書くつもりだった。ファーストレディとなる前は錚々たるビジネス・キャリアを築き、ホワイトハウス入り後は外交的でフレンドリーなキャラクターを披露し、数々の重要な社会貢献を行い、同時にファッション・アイコンにもなったミシェル。なにより夫バラク・オバマ大統領とこれ以上はないほどの見事なパートナーシップを発揮。ミシェルは万人に愛され、昨年の大統領選で米国史上初の女性大統領になると思われていたヒラリー・クリントンが破れるや、たちまち「ミシェルを次期大統領に!」の声が巻き起こった。

 それほどの人気を持つミシェルゆえに、逆にレイシストのターゲットになり続けている。大統領選後、ミシェルへの誹謗中傷事件が大きく報じられただけで4件ある。いずれもミシェルを黒人への典型的な差別表現である「サル」呼ばわりしたものだ。驚くべきは4件ともトランプのコアな支持層とされた貧しい労働者ではなく、団体幹部と町長、医師、政治家志望で教育委員会メンバーのビジネスパーソン、そして教師によって為されたという部分だ。大統領選中からトランプ支持者の多くが主流メディアを嫌い、偽ニュースに翻弄されたと報じられていたが、今回の4件はそれが高学歴者にも広がっていることを示す出来事なのである。


■「ヒールを履いたサル」

 ウェストバージニア州の小さな町、クレイ郡。昨年11月の大統領選直後、パメラ(パム)・テイラーという女性がフェイスブックに以下のコメントを書き込んだ。

「ホワイトハウスに上品で、美しくて、凛としたファーストレディを迎えることにワクワクする。ヒールを履いたサルを見るのにウンザリなのよ」

 テイラーは政府からの基金を郡内の高齢者と低所得者に配分するNPOの所長だった。この書き込みを見た同郡の町長、ビバリー・ウェイリングは「パム、よくぞ言ってくれた」とリプライした。

 たちまち大きな非難が巻き起こり、全米のメディアで報じられた。二人を解雇するためのオンライン署名は20万人を超えた。町長は即、辞任。テイラーはいったん停職となった後、12月に解雇された。二人とも謝罪コメントの中で「私はレイシストではない」と主張している。さらにテイラーは「脅迫を受け取った」、激しい批判は「私へのヘイトクライムだ」と語ったとも伝えられている。

 クレイ郡の人口は8,900人。白人が98%を占めている。黒人はわずか0.02%とあり、換算すると2人未満となる。


■「モンキー・フェイス」

 12月初頭、コロラド州の小児麻酔専門医ミシェル・ヘレンはフェイスブックでミシェル・オバマを称賛する書き込みを読んだ後、以下の書き込みを行った。

「サル顔で、ずさんな黒人英語!!! ホラ!!! (これを書いて)気分がいいけれど、私はレイシストじゃない!!」

 これも瞬く間に非難囂々となり、ヘレンはメディアに対して「“モンキー・フェイス”が侮辱的だとは思わなかった」と苦しい言い訳をしている。

 ヘレンは病院を解雇され、教鞭を取っていたデンバー・メディカル・スクールも学生からの苦情により解雇された。



■「ゴリラと洞穴で暮せ」

 カール・パラディノはニューヨーク州北西部のバッファローという都市の不動産業者であり、同市の教育委員会のメンバー。トランプの友人であり、昨年の大統領選ではニューヨーク州のトランプ選挙キャンペーン共同委員長を務めた人物だ。前回のニューヨーク州知事選に立候補もしているが、民主党の現職知事に破れている。

 パラディノはクリスマス直前に地元の週刊新聞社からメールによるアンケートを受け取り、以下の内容を返信した。

Q:2017年に起こって欲しいことは?

A:バラク・オバマがウシとヤってるところを見つかって狂牛病に罹ること。裁判の前に死に、国家への叛乱煽動と背信で有罪になり、ジハーディストの同房囚人に最初は善人と思われた後に首を切断されて一週間前に死に、牧草地に埋葬されたバレリー・ジャレットの隣りに埋められること。

※バレリー・ジャレットはホワイトハウス上級アドバイザーでオバマ大統領の親しい友人

Q:2017年にうっちゃってしまいたいことは?

A:ミシェル・オバマ。男に戻してジンバブエの奥地に放ったら、ゴリラのマキシーと洞穴で快適に暮らせるだろう。

 現在、パラディノは激しく非難されているが、今回の事件以前からレイシストとして知られる人物だけに当初は「これくらい、なんだ」という態度を取った。だが、教育委員会辞任要求の声が高まると、長文の謝罪文を出した。

 謝罪はあくまで「貧困のサイクルに捉えられたマイノリティの子どもたち」に向けられ、同時に自分がいかに貧者と子どもたちに尽くしているかを長々と綴っている。ミシェルとオバマ大統領への謝罪はなく、逆に「エリート集団」を率い、「アメリカの価値観に対する裏切り者」であるにもかかわらず、「主流のメディア」が称賛するため、自分が「ユーモア」で貶めたとある。

 「ユーモア」を込めたアンケート回答は友人たちにジョークとしてメールするつもりだったが、うっかり新聞社に返信してしまったと釈明にならない釈明をしている。さらに、この件で自分を非難する層を「今は進歩的な活動家と呼ばれている寄生虫」と表し、「トランプによる教育改革をせねばならない」ので、「教育委員会を辞任はしない」とある。最後は「私はもちろんレイシストではない」で締められている。

 長文であることを別にすると、思考があちこちに飛ぶ様が驚くほどトランプを思い起こさせる手紙だが、トランプ派の考えを知る手がかりになる。

 バッファローはニューヨーク州だが、工業が衰退した中西部エリアを指す“ラストベルト”に含まれる。1960年代以降に経済が急降下し、今では住人の3人に1人が貧困。衰退に伴い、白人が減ってマイノリティが増え、現在は白人46%、黒人39%、ヒスパニック11%、アジア系3%の比率。全米の人口25万人以上の都市の中ではマイアミ、クリーブランドに次いで3番目に貧しいとデータが出ている。パラディノが言うように「エリート」「主流派メディア」「プログレッシブ(進歩派)」が嫌われる土壌なのである。

 それでもパラディノの言葉を教育者にふさわしくないと考える住人は年末ギリギリまでパラディノの辞任要求デモを続けた。教育委員会は12月29日にパラディノに辞任を求める採決を行った。パラディノが辞任しない場合は州の教育庁に訴えるとのこと。


■「ファースト・チンパンジー」

 アーカンソー州の公立高校の科学教師、トレント・ベネットはクリスマス・イブに「ミシェル・オバマはアメリカのファースト・チンパンジー」とフェイスブックに書き込み、年内に解雇された。

 オバマを "Obummer" と綴っているのは、"bummer"(嫌なこと、不愉快なこと)との掛け合わせと思われる。そのコメントを批判されると、「あの嫌らしいチンパンジーと、ダンナのクモザルが永久に居なくなるのはいい気分だ」と返信。別の書き込みでは独立戦争時の英国に対する暴動(叛乱)と、近年の黒人への警察暴力から派生した暴動を比較している。

 「これらの暴動の違いは……1776年は課税と抑圧の象徴を打ち壊すことだった。(メディアによる伏せ字)なサルどもはゴロツキ(伏せ字)みたいに、それを略奪と窃盗の言い訳にしている。『オレがどれほど(伏せ字)なロクデナシか見てみろ』以外のメッセージはない」

 この教師が勤務していた高校はアーカンソー州ホットスプリング郡にある。人口3万人。人種構成は白人87%、黒人10%で、他の人種はほとんどいない。


■ニュースを読まない高学歴者

 黒人がいつまでたっても「サル」と呼ばれ続けることに驚きを隠せないが、これがアメリカの実態なのである。同様の差別は一般の黒人にも起こっているが、ミシェル・オバマのような成功者は「黒人のくせに」と妬みの対象となり、さらには大統領夫人という立場から「自国が黒人に統治された」ことへの激しい怒りが含まれる。

 それよりも驚かされるのは、全員大卒または院卒でまともな職に就いていながら、メディアに目を通していないことだ。大統領選直後にトランプ当選に興奮して「ヒールを履いたサル」と書いた団体幹部と町長の件を知っていれば、同じようにフェイスブックに「サル」の書き込みはしなかっただろう。高校教師はいまだに「オバマはケニア生まれ」とも書いていたという。オバマ=ケニア生まれ説を延々と唱えてきたトランプでさえ選挙戦終盤には嫌々ながらも「オバマはアメリカ人」と認めたが、それを知らなかったのか。または「選挙戦略上、仕方なく認めただけ」と思っているのか。医師は「リベラル」嫌悪も見せていた。狂牛病、斬首など身内のジョークとしても度の過ぎたことを書いたパラディノははっきりと「主流メディア」を嫌っていることを示している。

 極度の黒人差別主義者は保守派でもあり、「リベラル」な主流メディアを嫌って意図的に無視しているのである。しかし、上記の件は各地域のローカル・メディアも報じているはずだ。上記の5人はそれすら無視することにより自身の生活を破滅させてしまったわけだが、ことは個々の憎悪者に留まらない。教師や教授を含め、他者に強い影響力を持つ高学歴者が報道に目を通さない社会が出来上がりつつあるのだ。これまで以上に相手の人格や能力を鑑みず、肌の色によって見下すことが「普通」になる可能性がある。何をどう頑張っても「サル」と呼ばれるマイノリティは快復不可能なまでに傷付き、社会にも歪みが生じる。

 常に凛と背筋を伸ばし、その表情から強い精神力が伺いしれるミシェルにしても、度重なる暴言を聞き流がせているとは到底思えない。深く傷付いているに違いない。

 退任後のプランを聞かれたオバマ大統領が「妻を労う」ためにも一年間は自宅に留まって本を書くと言った理由はここにある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教
第7回:不法滞在者となってしまった子どもたち〜合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ
第8回:不当長期刑のドラッグディーラー1,300人を恩赦〜法の不平等を正す
第9回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために(全文最掲載)





ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 01:45
comments(0), trackbacks(0)
マイ・ブラザーズ・キーパー 〜 黒人少年の未来のために:ヒューマン・バラク・オバマ第9回
マイ・ブラザーズ・キーパー 〜 黒人少年の未来のために:ヒューマン・バラク・オバマ第9回
 

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■


今から2年前、オバマ大統領は「マイ・ブラザーズ・キーパー」と名付けたプロジェクトを立ち上げた。"my brother's keeper" とは聖書の創世記にあるカインとアベル兄弟の物語からの言葉で、今では「同胞や同志を見守る者」の意味で使われている。その名のとおり、このプロジェクトの目的は教育や就職で不利な立場にある黒人とラティーノの男子青少年を成功に導くべく支援することだ。


オバマ大統領がこのプロジェクトを立ち上げるきっかけとなったのは、前号「第2回:バラク・オバマは『黒人』なのか〜人種ミックスの孤独」でも少し触れたトレイヴォン・マーティン射殺事件だった。


2012年2月、フロリダ州。当時17 歳の黒人少年トレイヴォンはジュースとキャンディを買いにコンビニに出掛け、帰りは雨が降っていためフーディ(パーカーのフード)を頭に被っていた。それを見掛けた自称自警団の男が「怪しい」とトレイヴォンの後を付け、揉み合いとなった挙げ句にトレイヴォンを射殺してしまった事件だ。


この事件は黒人社会に大きなショックを与えた。「コンビニ帰りの黒人高校生がフーディを被っていたために殺された」 - 全米の全ての黒人の若者にとって「明日は我が身」であり、親は「自分の息子にも起こり得る」と震撼した。


それはオバマ大統領も同じだった。事件後、オバマ大統領は「もし私に息子がいれば、トレイヴォンのようだっただろう」「この少年のことを考える時、私は自分の子どもたちのことを考えてしまう」と語った。オバマ大統領の長女マリアはトレイヴォンとわずか3歳違いだ。


この事件の裁判は翌2013年7月に行われ、証人喚問がテレビ中継されるなど全米が固唾をのんで見つめる中、犯人はまさかの無罪となった。黒人社会は再び大きく動揺し、人々は怒りを露にした。


無罪判決の翌週、オバマ大統領は再度のスピーチを行った。過去に「黒人として」の発言をほとんどせず、事件直後のスピーチでもトレイヴォン、自分自身と娘たちが黒人であることを敢えて「黒人」という言葉を使わずに表した大統領が、この時は黒人男性としての心情を露にした。過去に自身が受けた人種差別の例をい くつも挙げ、「トレイヴォン・マーティンは35年前の私だったかもしれない」と言い、「アフリカン・アメリカン・コミュニティ」「アフリカン・アメリカン・マン」「アフリカン・アメリカン・ボーイ」という言葉を繰り返した。「同じことが白人の少年に起こっていれば結果は全く違っていただろう」「貧しい黒人地区では暴力が蔓延し、貧困と機能不全は過去の困難な歴史(奴隷制)に繋がっている」とまで言い切った。


そのスピーチでオバマ大統領は多くの黒人少年がネガティブな環境にあり、彼らには支援が必要なこと、そのための方策をファーストレディのミシェルと盛んに話し合っていることも語っている。この時は誰も知る由もなかったが、この「支援」が翌2014年に発足した「マイ・ブラザーズ・キーパー」だったのである。


■大統領自らNPOを設立

「マイ・ブラザーズ・キーパー」が掲げる6つの指標
1)幼児への就学準備
2)小学3年生での学年に見合った読書力
3)高校卒業
4)大学または職業訓練
5)就職
6)暴力の抑止と犯罪歴を持つ若者の社会復帰

まさに「ゆりかごから墓場まで」の短縮バージョンとも言うべき、「4歳から20代まで」を対象としたプロジェクトだ。

1)早期幼児教育

アメリカでは小学校に1年だけのキンダーガーテン(5歳児対象の幼稚園)が付属していることが多く、義務教育ではないものの実質的には小学校の最年少学年の扱い。したがって4歳児対象のPre-K(プリ・キンダーガーテン)に通うかどうかで学校で勉強することへの慣れの有無が変わってくる。そこで最近は家庭の所得にかかわらず、全4歳児のPre-K入学を目指す風潮となっている。

しかし、後の学力の育成はPre-K 以前からすでに始まっている。オバマ大統領も引用したように、貧しい家庭の子どもが生まれてから3歳までの間に耳にする言葉の累計数は、豊かな家庭の子どもに比べて3,000万語も少ないというショッキングな調査結果がある。英語では「You」「are」「smart!」を3語と数えるので膨大な数となっているが、それを差し引いてもこの差を縮めるのは容易ではない。

この大きな差の理由は、親や養育者が乳幼児に話しかける頻度だ。乳児院や託児所に入れた場合も月謝が高額なほど職員の数が多く、個々の子どもへの話しかけの数が増える。富裕層はナニーを雇うため、親は不在でも付きっきりの話しかけが行われる。

子どもへの話しかけの語数と内容は親の教育レベルによって異なる。例えば親子でテレビやタブレットなどを観ている時にクジラが写ったとする。無言で観続けるか、「大きいね!」だけで済ませるか、「クジラはお魚じゃなくて動物なのよ」と教えるか。

また、黒人社会では一人親家庭が過半数をはるかに超えており、家庭に大人が一人しかいないことも影響していると思われる。子どもは大人の会話も無意識に聞き、言葉を覚えていくため、大人同士、さらに言えば高学歴者同士による豊かなボキャブラリーと正しい文法の会話が豊富にある家庭の子どもが有利となる。

こうした一見些細な日々の事象が3年間繰り返され、積もりに積もった結果、3,000万語の差となる。つまりPre-K入学の時点ですでに差がついているのだが、その差を広げないためにPre-Kの完全普及が必要と考えられている。

2)小学校3年生での学年に見合った英語力

アメリカでは子どもの話す能力と読み書きの能力に大きな隔たりがあり、大人顔負けに話せても年齢相応のレベルで本が読めない子どもが多い。読めないと問題も解けず、ELA(英語の授業。日本の国語に相当)だけでなく、全ての教科の成績が上がらない。そこで読み書き能力のリカバリーが難しくなる小学4年生以前に学年相応の読む力を付けさせることを目指す。

小学4年生の「読む力」が学年相応またはそれ以上の生徒の割合(2015)
 白人:46%
 黒人:18%
 ヒスパニック:21%
 アジア系:57%


3)高校

アメリカでは高校入学の時点ではまだ義務教育年齢なので、所得も成績も関係なく全員が高校に進学する。しかし黒人やヒスパニックの生徒は上記のように基礎教育でのハンデがあるために優秀な高校に進む率は少なく、高校中退率も高い。

高校中退率(2014)
 白人男子:5.7%
 黒人男子:7.1%
 ヒスパニック男子:11.8%
 アジア系:2.5%(男女)

中退は免れても成績の低い者は留年する。ニューヨーク市の場合、高校を4年で卒業(アメリカの高校は4年制)する生徒は白人とアジア系では80%以上なのに対し、黒人とヒスパニックは64〜65%と出ている。

また、トップレベルの高校になると黒人の生徒が極端に少なくなる。ニューヨーク市のトップ公立校、スタイヴサント高校は全校生徒3,300人のうち黒人はわずか40人程度、比率にすると1%に過ぎない。ニューヨーク市の黒人人口比は26%、公立校に通う就学年齢人口に限ると32%を占めるにもかかわらず。


4)大学/職業訓練

高校の成績と卒業率は当然、大学進学率に大きく反映する。

大学進学率(2年制または4年制)(2014)

 白人男子:40.2%
 黒人男子:28.5%
 ヒスパニック男子:30.3%
 アジア系(男女):65.2%

黒人の学生は卒業率も低い。貧困から学費不足となるケースもあるが、優秀な大学に進むほど白人の学生に囲まれることとなり、文化的に馴染めないケースも少なくない。今年5月、オバマ大統領の母校でもあるコロンビア大学の黒人女子学生が行方不明となった。携帯電話と銀行口座が契約解除され、フェイスブックも閉鎖されていたために事件性が心配されたが、11日後に無事発見された。ケンタッキー州出身、科学専攻の全額奨学金生、つまり非常に優秀な学生だったが大学に馴染めず、「逃げ出してしまいたかった」のが理由だった。

大学卒業率(4年制を4年で終えた者の率)(2008入学生)
 白人男子:38.1%
 黒人男子:16.2%
 ヒスパニック男子:25.7%
 アジア系:42.5%

5)就職

黒人の失業率は白人の約2倍。
失業率(16歳以上)(2016年第2四半期)
 白人男性:4.2%
 黒人男性:8.3%
 ヒスパニック男性:5.6%
 アジア系男性:3.8%

高校中退年齢に当たる16〜17歳に限ると差は大幅に広がる。
 白人男性:18.0%
 黒人男性:43.0%

2年制または4年制の大学を卒業直後の若者が含まれる20〜24歳の男性の場合も、やはり大きな差が出ている。
 白人男性:7.5%
 黒人男性:18.9%

黒人男性の中でも特に若者の就職が非常に難しいことがはっきりと出ている。

6)暴力の抑止+犯罪歴のある若者の社会復帰

学歴が無く、親や親族もまた学歴や職歴のないことから就職のコネも少ない黒人の若者たちは現金を得るために犯罪に走ることになる。

刑務所収監率(18歳以上、人口10万人当たり)(2014)
 白人男性:465人
 黒人男性:2,714人
 ヒスパニック男性:1,091人
 その他(アジア系男性を含む):968人


黒人男性100人中2.7人が刑務所に入っていることになるが、このデータは懲役1年以上のものであり、短期刑の者、裁判待ちの間に留置場にいる者、17歳以下は含まれていない。また、すでに出所済みの者を加えると膨大な数の黒人男性が犯罪歴を持っていることになり、就職の大きな障害となっている。

収監者も年齢別に見ると、やはり高校留年後の中退や卒業の直後に当たる18〜19歳で最も人種別の差が開き、なんと10倍となっている。この数値の高さは、これもオバマ大統領が示したように「司法の不平等」も理由となっている。同じ犯罪を犯しても白人と黒人では起訴/不起訴、有罪/無罪、そして量刑が変わってくる。

刑務所収監率(18〜19歳、人口10万人当たり)(2014)
 白人男性:102人
 黒人男性:1,072人


■負のサイクル

子どもの貧困率(2014)
 白人:12.3%
 黒人:36.0%
 ヒスパニック:31.9%
 アジア系:12.0%

幼児期からの基礎学力を上げて高校中退を防ぎ、大学の学費を支援すると同時に、黒人が精神的にも中央社会に入りやすいよう他人種との交流を広げる必要がある。大学卒業率を上げ、職業訓練も充実させることによって就職率を上げ、犯罪に加担する者を減らす。すでに犯罪歴のある者には職業訓練と就職斡旋を行う。これだけの支援を行って初めて黒人とヒスパニックの若者たちは貧困から脱することが出来る。しかし、そもそも貧困家庭では幼児期の基礎学力育成が難しく……

この負のサイクルを打ち破るためには、上記6つの指標達成を同時に進めていくしか道はない。


■生涯を通じての使命

「マイ・ブラザーズ・キーパー」設立1周年のイベントで、オバマ大統領はプロジェクト参加者のアレックスという少年を紹介した。

「アレックスは米領ブエルトリコで生まれ、ニューヨークのブルックリンとブロンクスという粗っぽい地区で育ちました。11歳の時、お母さんの親友で、アレックスが尊敬していた男性が射殺されるのを目撃してしまいました。アレックスの兄たちは高校を中退し、ドラッグと暴力に搦めとられてしまいました。アレックスは自分自身も人生の選択など無いと思い、より良い将来への道を思い描くことが出来ず、やがて学校を中退。しかし、お母さんが復学してGED(高校中退者対 象の卒業資格)を取得しました。このことが彼にも復学してGEDを取ろうと思わせたのです。『何が起ころうと人生にはセカンド・チャンスがあると母が教え てくれた』ー これがアレックスがお母さんについて語った言葉です」

オバマ大統領は自分にも父親がいなかったこと、しかしアレックス同様に母親がロールモデルであったこと、そしてアレックスは今、弟たちのロールモデルであることを付け加えている。

「マイ・ブラザーズ・キーパー」は設立2年目には600万ドルもの資金を集め、アメリカ全50州の250地域が参加。各地でそれぞれ生徒へのメンター手配、夏休み中の仕事/インターン手配、ギャングの暴力抑止プログラム、過剰な停学処分の緩和、そしてホワイトハウスでの科学フェアなど様々な活動を展開している。

「なぜ男子だけへの支援なのか」「しょせん焼け石に水」といった批判もある。しかし、誰かがどこかで始めな ければならない仕事だった。オバマ大統領は自身が持つパワーをフルに使い、このプログラムを開始した。きっかけはトレイヴォン・マーティンだった。トレイヴォンの死を無駄にはしないことをバラク・オバマは誓ったに違いない。オバマ大統領は「マイ・ブラザーズ・キーパー」を「生涯を通じての使命」と宣言して いる。 -END-

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

連載ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独
第4回:二重国籍疑惑の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教
第7回:不法滞在者となってしまった子どもたち〜合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ
第8回:不当長期刑のドラッグディーラー1,300人を恩赦〜法の不平等を正す





ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 21:14
comments(0), trackbacks(0)
不当長期刑のドラッグディーラー1,300人を恩赦〜法の不平等を正す
不当長期刑のドラッグディーラー1,300人を恩赦〜法の不平等を正す
〜ヒューマン・バラク・オバマ第8回


■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

 先週の金曜日。オバマ大統領は冬の休暇で故郷ハワイに赴く前に、153人の刑務所収監者に恩赦/減刑を与えた。これで累計1,324人となる。うち395人 は終身刑だった。すでに過去11人の大統領が与えた恩赦の合計数を上回っている。

 オバマ大統領の大量恩赦はアメリカが長年格闘してきた「ドラッグ戦争」に基ずく。ドラッグ戦争の「解決策」は大量の黒人を刑務所に閉じ込めることだったが、それは黒人社会を崩壊させこそすれ、何の解決にもならなかった。

 ベトナム戦争帰りの兵士が大量にドラッグ中毒となったことからニクソン大統領の時代からドラック対策が本格的になるが、決定打となったのは1986年にレーガン大統領が制定したADAA(アンチ・ドラッグ・アビューズ・アクト)と呼ばれる法だ。

 どれほど取り締まってもドラッグは無くならないどころか、1980年代に入るとクラックと呼ばれる安いコカインが大流行した。クラックを取り締まるため作られた非常に厳しい法律がADAA法だった。クラックは同じコカインであっても粉末に比べると甚大な害悪をもたらすとされ、クラック所持の刑罰は粉末コカインの100倍と定められた。クラック5グラムの所持で最短5年の刑となり、対して粉末コカインは500グラムの所持で同じく5年の刑。これが最短の刑期と定められ、判事たちはケースごとの判断や情状酌量を禁じられてしまったのだった。

 上記の説明から漏れているのは、粉末コカインの利用者は白人、クラックの利用者は黒人だったことだ。

 以後、刑務所の収監人口は爆発的に増えていく。以下は全米の刑務所/留置所の収監人数の合計。現在は230万人を超えており、アメリカは世界最大の刑務所王国となっている。ドラッグにまつわる受刑者は5人に1人。

1970年 - 357,292人
1980年 - 513,900人
1986年 - ADAA法施行
1990年 - 1,179,200人
2000年 - 2,015,300人


 現在、黒人の全米人口比は13%だが、刑務所人口の実に40%を占めている。男性に限ると黒人の3人に1人は生涯のうちどこかで刑務所に入り、白人は17人に1人の計算になるとされている。

 なぜ、それほど多くの黒人がドラッグ密売をするかと言えば、黒人社会に貧困と犯罪の無限ループがあるからだ。まず、職がない。就職できない理由は人種による雇用差別ももちろんあるが、教育(学歴)の欠如が大きく作用している。なぜ教育を受け損ねるかというと、貧困地区に生まれ、勉強をしようにも出来ない環境に育つからだ。加えて子どもの頃から親も含めて周囲の若者や大人に犯罪に手を染めている者が多く、感覚がマヒしていく。やがて自身も落ちこぼれると、高校中退の黒人男子に就職などあるはずもなく、結果的に犯罪に走ることとなる。そうした若者がやがて子を作り……貧困と犯罪の再生産である。


オバマ大統領から恩赦/減刑の受刑者に宛てた手紙。

「民主主義では人は間違いを犯した後もセカンドチャンスに価します」「元犯罪者を疑うたくさんの人々と出逢うでしょう」「しかし、あなたは正しい選択ができることを忘れないでください。そうすれば、あなた自身だけでなく、親しい人々の人生にも良い影響を与えます」「懐疑的な人々が間違っているとあなたが証明できることを私は信じています。グッドラック、成功を。バラク・オバマ」


 オバマ大統領は2010年にADAA法のクラックと粉末コカインの刑罰比率100:1 を18:1に縮小する法にサインした。本来は1:1とするはずが、反対派との妥協により18:1となった。今ではクラック・コカインと粉末コカインの身体への影響に差は無いことが定説となっている。

 以後、オバマ大統領はADAA法によって不当に長期の刑を受けた非暴力犯の恩赦と刑期短縮を行っていく。対象の圧倒的多数はドラッグの所持、運搬、密売を行った者。2015年には現役大統領として初めて連邦刑務所を訪れ、6人の受刑者と膝を突き合わせて語り合った。

 この時、オバマ大統領は「運が悪ければ自分もここにいたかもしれない」と考えたのではないだろうか。ニューヨーク州はADAA法制定前の1973年に独自の悪名高いロッカフェラー法を施行している。4オンス(113g)のドラッグ所持で最短15年から終身刑と定められ、当初はマリファナも含まれていた。オバマ大統領は1980年代にコロンビア大生としてニューヨークに暮しており、若い時期のマリファナ使用を認めている。ジェイ・Zもロッカフェラー法については度々語っており、もしドラッグディーラー時代に逮捕されていれば、今のジェイ・Zは存在し得なかった。(ロッカフェラー法は2004年、2009年に緩められている)

 いったん有罪になると、刑期を満了して出所しても就職、進学、住居賃貸、福祉の受給が難しくなる。州によっては選挙権も永久剥奪となる。また、大量の男性が刑務所にいることから黒人地区では男女の人口比が極端に傾き、女性はパートナーを見つけることが困難だ。すでに子どもがいる場合は父親の支援が一切受けられないシングルマザーとなり、多くの子どもが父親を知らずに/会えずに、または刑務所での面会のみで育っている。

 2年前の夏に黒人少年マイケル・ブラウンが白人警官に射殺されたことから暴動となったミズーリ州ファーガソンは警察から住人へのハラスメントが常態化、男性の収監率も異様に高く、黒人女性100人に対する黒人男性の比率は60人となっている。これでは地域社会がまとも機能するはずはなく、暴動は長年積もった住人のフラストレーションがマイケルの死によって爆発したのものだと言えるだろう。

 ニューヨーク市の黒人男性比率はファーガソンに比べると高いが、市の人口は全米最大の850万人。ここに生まれ、もしくは暮していた黒人男性のうち118,000人が刑務所収監か、または若い時期の死により社会から「消えている」。全米のあちこちに、こうした黒人男性のいない黒人地区が散らばっている。これほど大量の黒人男性が社会から消え、復帰後も社会構成員として機能できない仕組みが社会全体、国全体にマイナスの影響を与えないはずはない。また、大量の長期刑はひたすらに税金の支出となる。(アメリカでは刑務所の民営化が進んでいるが、ここでは割愛する)


以下はオバマ大統領による減刑例の一部。

●カーティス・ビーズリー(サウスカロライナ州)
5g以上50g以下のクラック・コカインを密売目的で所持することを謀略、5g以上50g以下のクラック・コカインを密売目的で所持。
2004年に量刑宣告:懲役34年+保護観察8年
減刑:2017年3月に釈放予定

●リサ・ウッズ・ボール(ヴァージニア州)
50g以上のメタンフェタミン(クリスタルメス)密売を謀略。
2009年に量刑宣告:懲役20年+保護観察10年
減刑:懲役15年8ヶ月に短縮

●トーマス・ブラウン(フロリダ州)
密売目的により少なくとも5kgのコカインを所持。
1989年に量刑宣告:終身刑
減刑:2017年11月に釈放予定

●ドゥエイン・ダンパー(ミシシッピ州)
クラック・コカインを販売目的で所持。
1999年に量刑宣告:懲役30年+保護観察8年+罰金$4,500
減刑:2017年3月に釈放予定


 オバマ大統領は来年1月20日に退任するまで恩赦・減刑を続けると言う。申請は3万人を越えており、4,000人の弁護士がボランティアで審査を行っているが、全ての審査は果たして間に合うのか。トランプが恩赦を行う気配は今のところ無い。オバマ大統領と数多くの「法の犠牲者」は今、残り少なくなった時間と闘っている。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教
第7回:不法滞在者となってしまった子どもたち〜合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ





ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 17:53
comments(0), trackbacks(0)
不法滞在の子どもたち 〜 合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ〜ヒューマン・バラク・オバマ第7回

不法滞在の子どもたち〜
合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ
〜ヒューマン・バラク・オバマ第7回



■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

トランプ次期大統領がオバマ政権の政策をことごく覆す発言を繰り返す中、シカゴ市長のラム・エマニュエルがニューヨークのトランプ・タワーに赴き、トランプと会談した。

エマニュエル市長は2012年にオバマ大統領が大統領令を発して施行したDACAと呼ばれる法律を無効にしないよう、陳情したのだった。DACAは通称DREAMERSと呼ばれる、子どもの時期に親に連れられるなどしてアメリカにやってきた若い不法滞在者(※)の強制送還を防ぎ、同時に教育を施して就職させ、最終的には永住権を取得させるプログラムだ。アメリカで高校を卒業すること、犯罪歴の無いことなどの条件が付く。

※アメリカは国籍について出生地法を採っており、親の国籍や滞在資格の有無にかかわらず、アメリカで生まれた子は米国籍となる

エマニュエル市長は同意する16都市の市長が署名した手紙も携えていた。 (ニューヨーク、ロスアンジェルス、デンヴァー、ミネアポリス、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シアトル、ボルティモア、セントルイス、ヒューストン、ボストン、フェニックス、ナッシュヴィル、プロヴィデンス)

現在、アメリカには成人も未成年も含め、推定1,100万人の不法滞在者がいるとされている。2012年の施行以来、DACAには74万人を超える申請があった。

■不可能な「不法移民」全員強制送還

トランプも含め、共和党は以前より不法滞在者の合法化を「恩赦」と呼んで強硬に反対し、「全員強制送還」を唱え続けてきた。理由のひとつは「いったん恩赦すると次の恩赦をねらってまた別の不法滞在者がやってくる」であり、確かに一理ある。

しかし全員強制送還が不可能であることは共和党議員も実は知っている。まず、日本の25倍の面積を持つ全米(逆に言えば日本の面積はアメリカの4%)に散らばる1,100万人を捜索し、捕え、一定期間は施設に留め、バスなり飛行機なりに乗せて送り返す予算も人員も場所もない。

次に、成人のほとんどは働いている。アメリカ人がもはや就かなくなった職業に就き、アメリカ経済の底辺を支えている。農場で野菜や果物を摘んでいる、精肉工場で牛を裁いてパッケージしている、工事現場でビルを建てている、裕福な家庭のナニーやメイドをしている、レストランで下働きをしている……彼らを全て送還すると、アメリカ人の生活は成り立たなくなり、同時に物価は急上昇するだろう。

一方、アメリカは子どものバックグラウンドに関係なく義務教育を与えるため、不法滞在者であっても子どもたちはアメリカ人化する。祖国の文化を親から引き継ぎつつ、学校に通うことによって英語を話し、アメリカ人としての基礎を全て吸収しながら育つからだ。彼らはアメリカで生まれた子どもたちと同様にアメリカに貢献する能力を持つ。オバマ大統領も言うように、アメリカがお金をかけて教育した若者を、なぜ祖国に送り返さなければならないのか。中には幼くして渡米し、祖国の言葉を話さないどころか、記憶すら持たない子もおり、彼らにとってはアメリカこそが故郷。そんな子どもを「行ったことも無い」国に送り返すのは非人道的であると同時に、人的資源の無駄でもある。

また、成人にも条件付け、選別は必要だが合法化の道を開き、課税すると、人口が膨大なだけ国庫が潤う。

■レーガンによる不法移民の恩赦があった

それでも執拗に不法滞在者の合法化を拒み続ける共和党に業を煮やし、オバマ大統領は最終手段として大統領令を発動した。

しかし、過去には共和党のレーガン大統領が「恩赦」を行っているのである。1986年にレーガン大統領は不法滞在者のうち、雇用歴があり、犯罪歴のない者など270万人を合法化している。今回の大統領選中、共和党候補者たちはレーガンをアイドルと看做して幾度となくその名を挙げたが、この恩赦については誰も触れなかった。

ジョージ・ブッシュ政権も当初はやはり恩赦反対の立場を採ったが、その間も不法滞在者はどんどん増えるばかり。後にブッシュ大統領自身は恩赦について軟化し始めたが、共和党はガンとして譲らなかった。そのうちに911テロが起り、実行犯が合法に学生ビザを取得していたことから移民法は以前にも増して厳しくなり、不法滞在者の恩赦どころではなくなってしまった。ただしイラク戦争を始めると軍への志願者が足りなくなり、そのため永住権保持の合法移民に対しては「市民権取得のスピード化」を条件にリクルートが行われた。

結局、ブッシュ大統領は1,100万人の不法滞在者問題に手を付けることなく、任期終了。その後、オバマ大統領が苦戦を続けた挙げ句、では、成人はともかく、せめて自身の意思では無く不法滞在者となった子どもと若者を救おうと制定したのがDACA法だ。それを今、トランプが破棄しようとしているのである。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教
第7回:不法滞在者となってしまった子どもたち〜合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ





ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:オバマ大統領, 18:05
comments(0), trackbacks(0)
NY:アフリカからの不法滞在少年アマドゥのケース 〜 タイ強制退去ウティナン君の件に寄せて
NY:アフリカからの不法滞在少年アマドゥのケース 〜 タイ強制退去ウティナン君の件に寄せて

日本で生まれ育ったタイ国籍の高校生、ウォン・ウティナン君(16)のタイ強制退去の判決が覆らずのニュースを読み、10年ほど前にニューヨークのイーストハーレムでよく似た件があり、話題となったことを思い出した。

セネガル生まれで違法滞在者だった男子高校生があわや強制送還となり、しかし違法滞在となった成り行きと成績優秀であることが考慮され、地元ニューヨークの政治家たちが立ち上がり、少年は短期間の滞在許可を得るに至った。

その後、少年がどうなったのか気になり調べてみたところ、なんと、大ヒット映画『トワイライト・サーガ』に出演する俳優になっていた! まったくもって驚いた。いったい何がどうなってそうなったのか。

当初からの成り行きも改めて読み直し、まとめたものが以下だ。


Amadou Ly

アマドゥ・リーは西アフリカのセネガルで1988年に生まれている。2001年9月10日、つまり911同時多発テロの前日に母親と共にニューヨークにやって来ている。13歳。英語はまったく話せなかった。母親はアマドゥにアメリカで教育を受けさせるために観光ビザを取得して渡米したとある。日本人や先進ヨーロッパ諸国人は3ヶ月以内の滞在ならビザ不要だが、多くの国はビザが必要だ。アメリカは貧しい国からの不法滞在者を防ぎたいのだ。

渡米から約1年後に母親は単身セネガルに帰国。母親はアマドゥをインディアナ州の知人に預ける手配をし、アマドゥはひとり長距離バスに乗り、インディアナに移った。この時点でビザの期限はすでに切れており、アマドゥは違法滞在者となっていた。

2004年の夏、知人がアマドゥの面倒をみられなくなり、アマドゥはまたひとりバスに乗りニューヨークに戻る。16歳。身寄りもなく、ビラ巻きなどでなんとか衣食を賄い、やがて親の知人宅に身を寄せ、マンハッタンの貧困地区イーストハーレムの高校に通う。

その年の11月、ペンシルベニア州で助手席に乗っていた車が事故を起こし、駆け付けた州兵に身分証明書を求められ、違法滞在者であることが発覚。移民局に通報され、ここから「強制送還」を賭けて法廷との闘いとなる。弁護士を雇う資金は無く、あれこれと時間を費やしているうちに18歳となり、未成年のみ対象のグリーンカード(永住権)など、いくつかの法的恩恵が受けられなくなる。

強制送還の危機にありながらも高校にはそのまま通った。アメリカでは義務教育はすべての子どもに提供することとなっている。ニューヨークの場合、17 歳までが義務教育年限だが、いったん入学すれば卒業まで義務教育扱いとなる。また、ニューヨークには学校側に本人の国籍やアメリカ滞在資格の有無を告知しない「聞かない、答えない」ルールがある。

アマドゥは学校でコンピュータを使ったロボット組み立てコンテストのチームに所属。2006年、貧困地区の学校ゆえに満足な資材も揃えられないにもかかわらず、トップ校を凌いで州代表となる。4月にジョージア州で開催される全米大会に出場するためチームメイトと共に空港に赴き、身分証明書が無いことから搭乗を断られる。チームメート18人は「アマドゥ無しでは行かない」とし、アマドゥも含めて全員が18時間かけて列車でジョージア州へ。この費用はブルームバーグ社が拠出。

この件がニューヨーク・タイムズに掲載され、アマドゥの存在が全米に知れ渡る。アマドゥに法廷費用や大学費用の支援を申し出る人々、自分の養子になれば米国滞在が可能になるのであれば、そうしてもいいという人さえ出た。

これによりニューヨーク州選出のチャック・シューマー上院議員、同じく当時は上院議員だったヒラリー・クリントン、当時のニューヨーク市長マイケル・ブルームバーグが動き、同年7月にアマドゥは高校を終えるための学生ビザを手にする。



アマドゥの学生ビザはブルックリンにあるコミュニティ・カレッジ(公立の短期大学)に在学する間も有効で、卒業後は就労に基づくビザの取得も可能だった。当初はコンピュータ・エンジニアを目指していたアマドゥだが、自身のシャイな立ち居振る舞いを矯正するために演技のクラスを受けた途端、演技に開眼し、専攻をパフォーミングアーツに変更。

外国籍の学生の就労は週20時間以内と定められていることから、アマドゥは経済的に苦労する。演技を認められてテレビの人気ドラマ『ロウ&オーダー』出演のチャンスを得るが、これも外国人学生は学内か学校に関連した仕事にしか就けず、断念。

2009年に大学を卒業したアマドゥは俳優を目指してニューヨークからハリウッドに移る。インディ作品に2本出演した後の2002年、大ヒット『トワイライト』シリーズの第5作『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2』にヘンリーという名のヴァンパイア役で出演。そして今年、自身が脚本と主役を兼ねた短編『Attempts』と『Justice Turner』を発表している。


『トワイライト・サーガ』出演時のインタビュー。移民問題で苦労したことも語っている


これが2001年から現在に至る、アマドゥ・リーの15年間だ。あちこちの記事を読み、時系列で繋いでみたが、メディアには語られていない部分も多いことと思う。インディアナからニューヨークにひとりで舞い戻り、ビラ配りで食いつないだとあるが、当時16 歳。そんなふうにひと言で済む生活ではなかったと思われる。親の知人宅に身を寄せるまではホームレスだったのではないだろうか。そもそも14歳で母親が祖国に戻ってしまい、異国にひとり取り残された時、いったいどんな心情だったのだろうか。インディアナの知人は当時、中学生のアマドゥにどれほどよくしてくれたのだろうか。

今、アマドゥは「自分はアメリカに属していると感じる」と語っている。同時に自分が夢中になり、結果的に自分の存在を世間に知らしめることとなったロボット組み立てコンテストを祖国セネガルの子どもたちのために開催したいとも語っている。アマドゥが俳優や脚本家として成功すれば、必ず実行するだろう。いや、そうでなくとも道を見つけて開催にこぎつけるのではないだろうか。

移民は移住先の国に身を落ち着け、貢献し、文化を豊かにする。同時に祖国との文化や経済の架け橋にも成り得る。かつて未成年の不法滞在者、違法移民だったアマドゥ・リーは、それを身を以て実践しているのである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教





ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:アメリカ文化・社会, 15:19
comments(0), trackbacks(0)
アメリカのセレブは移民だらけ。政治家からラッパーまで
アメリカのセレブは移民だらけ。政治家からラッパーまで

日本で生まれ育ったタイ国籍の高校生、ウォン・ウティナン君(16)のタイ強制退去の判決が覆らずのニュース。

アメリカは国籍について出生地法を採っており、アメリカで生まれた子どもは親の国籍や米国滞在資格の有無を問わず、アメリカ国籍を取得する。言わずもがなの移民国家であり、移民から生まれた二世たちの人口は膨大で、あらゆる分野で活躍している。もっともよく知られているケースはオバマ大統領の父親がケニアからの留学生であったこと。トランプ次期大統領の母親も、実は18歳でスコットランドからニューヨークに移民としてやってきた女性だった。

アメリカ人でありながら他国の文化も受け継ぎ、広い視野を持つ二世たち。今、アメリカを支え、まさにアメリカをアメリカたらしめている二世たちを数え上げようとするとキリがない。そこで、その世代の親、外国からやってきた移民一世の中で格段の活躍をしている(していた)人たちをリストアップしてみた。

古い世代はナチスの迫害やキューバ危機を逃れた亡命者だ。貧しい祖国から経済的な理由でやって来た者もいる。俳優や野球選手など、プロとしての活躍の場を求めて来た者もいる。たとえばラッパーのニッキー・ミナージはカリブ海のトリニダードに生まれ、母親が経済移民としてニューヨークに移ったためにニッキーも子ども時代にやってきている。同じ世代のシンガー、リアーナもカリブ海バルバドスの出身だが、中流家庭に育ち、シンガーとして見初められてアメリカに渡っている。

こうしたセレブ移民は国籍もまちまちだ。アメリカ国籍を取得し、祖国との二重国籍になっている者、米国籍を取得せず、祖国籍だけの者、アメリカ国籍のみとなっている者もいる。

法に於ける国籍はさておき、こうした人々がアメリカを形作っているのである。

■政治家

マデレーン・オルブライト
出生国:チェコスロバキア
本名または出生時の名前:Marie Jana Korbelová
※国務長官(クリントン政権)
※初の女性国務長官


ヘンリー・キッシンジャー
出生国:ドイツ
本名または出生時の名前:Heinz Alfred Kissinger
※国務長官(ニクソン政権)


テッド・クルーズ
出生国:カナダ
本名または出生時の名前:Rafael Edward Cruz
※上院議員。今回の大統領選に立候補した際、カナダ生まれであることから大統領の資格を問われた


イレイン・チャオ
出生国:台湾
本名または出生時の名前:Elaine Lan Chao
※労働省長官(ブッシュ政権)
※運輸省長官(トランプ政権)


カルロス・グティエレス
出生国:キューバ
本名または出生時の名前:Carlos Miguel Gutiérrez
※商務長官(ブッシュ政権)


エイドリアノ・エスパリアート
出生国:ドミニカ共和国
本名または出生時の名前:Adriano D. Espaillat Cabral
※下院議員(2017〜)
※初の元違法移民下院議員


■俳優

ハリウッドでは実に多くのカナダ、イギリス、オーストラリアといった英語圏他国からの俳優が活躍しており、アメリカ人映画ファンもアメリカ人俳優だと信じているケースが多々ある


キーファー・サザーランド
出生国:イギリス(カナダ系)
本名または出生時の名前:Kiefer William Frederick Dempsey George Rufus Sutherland


ドナルド・サザーランド
出生国:カナダ
本名または出生時の名前:Donald McNichol Sutherland


アーノルド・シュワルツネッガー
出生国:オーストリア
本名または出生時の名前:Arnold Alois Schwarzenegger
※元カリフォルニア州知事


ミラ・クニス
出生国:ウクライナ(ソ連)
本名または出生時の名前:Milena Markovna Kunis


ナタリー・ポートマン
出生国:イスラエル
本名または出生時の名前:Neta-Lee Hershlag


キアヌ・リーヴス
出生国:ベイルート(カナダ国籍)
本名または出生時の名前:Keanu Charles Reeves


シャーリーズ・セロン
出生国:南アフリカ共和国
本名または出生時の名前:Charlize Theron


■ミュージシャン

特筆すべきはヒップホップ・ミュージシャンにカリブ海諸国からの移民が多いこと。カリブ海系移民からアメリカで生まれた二世のヒップホッパーになるとノトーリアスB.I.G.を筆頭に無数におり、リストアップはもはや不可能


ジーン・シモンズ
出身国:イスラエル
本名または出生時の名前:Chaim Witz
※ハードロック、KISSメンバー


グロリア・エステファン
出生国:キューバ
本名または出生時の名前:Gloria María Milagrosa Fajardo García
※ラテン


ヨーヨ・マ
出生国:フランス(中国系)
本名または出生時の名前:Yo-Yo Ma
※クラシック


シャナイア・トワイン
出生国:カナダ
本名または出生時の名前:Eilleen Regina Edwards
※カントリー


リアーナ
出生国:バルバドス
本名または出生時の名前:Robyn Rihanna Fenty
※R&B


ニッキ・ミナージ
出生国:トリニダード・トバゴ
本名または出生時の名前:Onika Tanya Maraj
※ヒップホップ


DJクール・ハーク
出身国:ジャマイカ
本名または出生時の名前:Clive Campbell
※ヒップホップ


グランドマスター・フラッシュ
出身国:バルバドス
本名または出生時の名前:Joseph Saddler
※ヒップホップ


ダグ・E・フレッシュ
出生国:バルバドス
本名または出生時の名前:Douglas E. Davis
※ヒップホップ


ワイクリフ・ジーン
出生国:ハイチ
本名または出生時の名前:Wyclef Jeanelle Jean
※ヒップホップ


ペパ(ソルトンペパ)
出生国:ジャマイカ
本名または出生時の名前:Sandra Denton
※ヒップホップ


リック・スリック
出生国:イギリス(ジャマイカ系)
本名または出生時の名前:Ricky Martin Lloyd Walters
※ヒップホップ


J・コール
出生国:ドイツ(米軍基地)
本名または出生時の名前:Jermaine Lamarr Cole
※ヒップホップ
※大統領候補だったジョン・マケインも含め、米軍兵士の子として海外の米軍基地で生まれるアメリカ人は多く、このケースは「移民」ではない


■その他

オスカー・デ・ラ・レンタ
出生国:ドミニカ共和国
本名または出生時の名前:Óscar Arístides Renta Fiallo
※ファッションデザイナー


イマン
出生国:ソマリア
本名または出生時の名前:Zara Mohamed Abdulmajid
※モデル、デヴィッド・ボウイ未亡人


■スポーツ

プロ野球は最も外国生まれの選手が多いスポーツと思われる。2015年、868選手中、27%にあたる230人が外国人。最多のドミニカ共和国83人、ベネズエラ65人、国交の無かったキューバ18人を含むカリブ海中南米がほとんど。日本人も9人。ニューヨーク・ヤンキースは特に外国人選手の多いことで知られる


ロビンソン・カーノ
出生国:ドミニカ共和国
本名または出生時の名前:Robinson José Canó Mercedes
※NBLプロ野球選手


パトリック・ユーイング
出生国:ジャマイカ
本名または出生時の名前:Patrick Aloysius Ewing
※元NBAプロ・バスケットボール選手


上記の移民セレブはほんごく一部。テクノロジー、医療、ビジネス、アカデミックなど他の分野にもまだまだいる。さらに重要なのは、世間に名を知られるほどの人物は移民のごくごく一部であること。多くの移民は名も無き市井の人としてアメリカの一部を成し、アメリカを支えているのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
第4回:“二重国籍疑惑”の大統領候補たち〜「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン〜米国大統領選と宗教





ハーレム・ツアー(ブラックカルチャー100%体感!)
ゴスペル・ツアー(迫力の歌声を全身にあびる!)
スパニッシュハーレム・ツアー(ラテンカルチャー炸裂!)
ワシントンハイツ・ツアー(スペイン語の街 "In the Heights"はここで生まれた!)

 

 

 

 

 

author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 07:18
comments(1), trackbacks(0)