「私の大統領」〜アメリカ人にとってトランプは大統領か否か
(初出)インサイト2017年3月号 パワーと多様性の都市をサバイバル〜ニューヨークを生きる第69回
ドナルド・トランプが第45代アメリカ合衆国大統領に就任以来、アメリカは大混乱に陥っている。就任式当日から連発される大統領令、政治経験皆無者の内閣指名……全米各地で抗議デモが頻発し、「トランプは私の大統領ではない」と宣言する者、「トランプこそ私の大統領だ」と熱烈に支持する者と、アメリカは大統領を巡ってまっぷたつに分断。この現象はアメリカにとって大統領が非常に大きな存在であることに由来する
■オルタナ・ファクト
日本でもトランプ報道は加熱しているが、日本ではあまり伝えられないトランプおよび政権の言動を元に、アメリカにおける大統領の位置付けを考えてみたい。
連日の大統領令の中で最も大きな混乱を招いたのが、シリア難民の受け入れ停止とイスラム教7ヶ国民のアメリカ入国禁止令だ。大統領令が出された瞬間にアメリカへ向う機上にいた該当国籍者は空港に到着するや勾留。祖国への里帰りからアメリカに戻ってきた家族の中には米国市民権(アメリカ国籍)、永住権、ビザと滞在資格が異なり、家族離散となったケースもある。大統領令の違法性が問われると同時に人道的にも大きな問題と捉えられ、瞬時に全米各地の空港で抗議デモが起こった。弁護士たちも駆け付け、無償で該当者支援を行った。同時に入国禁止令差し止め訴訟も起こされ、トランプ政権は2日後に「永住権保持者は除外」の通達を出した。文字どおりの朝令暮改となったのである。
もうひとつの大統領令騒ぎは対メキシコ。トランプは当選前からメキシコとの3,000kmにわたる国境に壁を作り、莫大な建設費用はメキシコに払わせると言い続けてきた。折りも折、メキシコのペニャニエト大統領が訪米してトランプとの会談を行う調整のためにメキシコ政府高官が渡米している最中に「壁を造り、費用はメキシコ」とする大統領令に署名。メキシコ側は侮辱と受け取り、訪米をキャンセル。トランプは「メキシコからの輸入品に20%の関税をかけ、その歳入で壁を造る」と発言。
こうした騒ぎも冷めやらぬ2月1日にトランプは“黒人史月間”を祝う談話を発した。その内容から黒人史にまつわる常識範囲の知識も持ち合わせていないことが露見した。1800年代に奴隷の身から奴隷解放運動家となったフレデリック・ダグラスの名を出しながらその功績内容には一切触れず、「素晴らしい活動を行ってきた」と、まるで生存する人物であるかのように結んだ。瞬く間に「ダグラスが誰で何をしたのか知らないのだろう」「もう死んでるって気付いてないよね」といった書き込みがSNS溢れた。
政権チームの言動もメディアで大きく取り沙汰され続けている。ホワイトハウス報道官は就任式の一般参加者の数を史上最大と言い、事実ではないと批判されるとホワイトハウス顧問が「これはオルタナ・ファクト(別の事実)である」と釈明。その顧問がムスリム禁止令への批判に対して「オバマ大統領もボーリンググリーン虐殺後に同様のことをした」と架空の虐殺事件を使って反論。
こうしたエピソードから分かるのは大統領と政権に他者への無関心と敬意の欠落、非難に対して即時に報復、または捏造で反論するパターンがあることである。
■マイ・プレジデント
アメリカに於ける大統領の存在感には圧倒的なものがある。大統領は頻繁にメディアに登場する。重要な問題が起こればゴールデンタイムに演説を行い、全主要チャンネルが生中継する。他国の首脳を迎えた際には華麗な晩餐会を主宰し、春のイースターにはホワイトハウスにたくさんの子どもを招いて一緒に遊ぶ。ホリデーシーズンには貧者へのボランティア活動を行い、毎年恒例の特派員晩餐会ではジョーク演説で全米を笑わせる。その一方、メモリアルデイなど軍事関連の催事では軍人に囲まれ、大統領自身も敬礼を行い、大統領は“米軍最高司令官”でもあることを再認識させられる。
歴代大統領はアメリカの歴史を形作ってきた最重要人物として子どもたちにも教えられる。中高生になると“建国の父”について学ぶが、ワシントンやリンカーンなど特に重要な大統領の偉人伝は低学年から読む。歴代大統領を一冊にまとめた児童書も多種出ている。1月には通称プレジデント・デイと呼ばれる祝日がある。4人の大統領の巨大な像が刻まれたラシュモア山もある。
その一方で失策を犯した大統領には厳しい国でもある。ニクソンは盗聴により弾劾され、クリントンもインターンとの浮気によって弾劾寸前までいった。ジョージ・W・ブッシュは政策のマズさだけでなく、うたた寝してイスから転げ落ち、顔に痣を作るといった不注意さが揶揄されることも多かった。こうした大統領の言動は新聞雑誌、トーク番組でパロディにされ、徹底的に笑い者にされる。それでもそこには大統領への敬意から超えてはならない一線がある。国民自身がアメリカを優れた大国と自覚し、非常に篤い愛国心と大きなプライドを抱いていることが理由だ。大統領選が二大政党制ゆえの1対1対決、しかも1年半もの長期にわたることから有権者は否が応でもどちらかを支持せざるを得ない選挙の仕組みもあるだろう。
ロイヤル・ファミリーへの憧れもある。王族も皇族も持たないアメリカだが、そうした存在への憧れは洋の東西や古今を問わずに共通するのかもしれない。かつてはケネディ一家がその役割を担っていた。今や名の知られた親族は先日まで駐日大使だったキャロライン・ケネディのみだが、今、アメリカでは故ジャッキー・ケネディの伝記映画『Jackie』が公開中であり、主演のナタリー・ポートマンはアカデミー賞主演女優賞にノミネートされている。
ケネディ家に変ってロイヤル・ファミリー的ポジションにあったのがオバマ前大統領一家だ。若くハンサムな大統領、朗らかで活動的なファーストレディ、娘2人にペットの犬2頭の家族構成に加え、私的なスキャンダルも無く、まさに理想の一家だった。こうした諸々の背景があり、アメリカ人は支持する大統領を「マイ・プレジデント」と呼び、支持できない場合は「ノット・マイ・プレジデント」と言う。大統領との間に個人的な強い繋がりを見い出しているのである。
最初に記したトランプの言動により、リベラルはトランプを「理論的でない」「人道に反する」として大統領と認めていない。しかしトランプ支持層はトランプの強硬な姿勢を「強い大統領」と受け取る。移民やテロリストの流入、不景気や失業を恐れ、白人種とキリスト教徒の優位性を取り戻したい人々には「頼もしい大統領」なのである。着眼点がまったく異なる2つの層だが、どちらも大統領の存在に非常な重みを置いている点は同じだ。アメリカは良くも悪くも大統領あっての国なのである。
(初出)インサイト2017年3月号 パワーと多様性の都市をサバイバル〜ニューヨークを生きる第69回
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