■「99%」の実態
ニューヨークの貧富の差は異様だ。マンハッタンのアッパーイーストサイドと呼ばれるエリアには世界に名を馳せる大富豪たちが暮し、そこから地下鉄で20分のサウスブロンクスは「全米一貧しい地区」とされている。ニューヨークタイムズ紙は、この格差を「西アフリカ諸国のそれと同じレベル」と書いた。
昨年、ウォール街占拠(オキュパイ・ウォールストリート)が始まった時、参加者が「上位1%の富裕層だけが潤っている」ことから自らを「99%」と名乗ったのはこの格差が理由だ。しかし、そこには何とも言えない違和感もあった。
オキュパイラーたちは、とにもかくにもオキュパイする余裕のある中流層だった。彼らは99%内の上層にいる。しかし、オキュパイ参加どころではない貧困層は99%の底辺にいる。この二者の間にも想像を絶する所得格差、教育格差、情報格差、そして文化の違いがあるのだが、貧困層の実態を知らない中流オキュパイラーたちは、1%の富裕層以外を99%と一括りにしてしまった。
■大富豪ロムニー
大統領選を目前に控えた今、共和党のミット・ロムニー候補のリッチ優遇政策に異議を唱えるリベラル中流層は多い。ロムニー自身も大富豪であり、その演説からは一般庶民とまるで異なる生活感覚、金銭感覚が伺え、それが「out of touch」(実態を把握していない、ずれている)と揶揄されるゆえんだ。対する民主党のオバマ大統領も今回は中流層支援策のみを打ち出し、貧困対策を語っていない。選挙に勝つための策だが、そもそもリベラルであっても中流層には貧困層の実態はほとんど知られていない。
これには仕方のない理由がある。アメリカは人種や所得によって住むエリアが厳格に分かれており、たとえば白人中流層が黒人やラティーノの低所得者地域、つまりゲットーに足を運ぶことは、まずない。来る理由がないのだ。仮に何らかの事情で短時間訪れたとしても、それでは地域住人の生活実態を知ることは、到底出来ない。
アメリカは資本主義の権化だ。いったんリッチになった者、親から富を受け継いだ者は果てしなくリッチになれる。その一方、貧困家庭に生まれた者は、よほどの能力と強運を持ち合わせなければ貧困から抜け出せないが、ここを理解する中流層、上流層は少ない。
まずは大学に進まなければ、まともな年収を得られる職には就けないわけだが、学費は驚くほど高い。しかし、アメリカは返済不要の奨学金も充実していることから、「本人さえ努力すれば、道はいくらでも開けるはずだ」と考える。先日も「アメリカは莫大な資産を持つ富裕層が莫大な寄付をする」「富を政府経由で公平に分けるよりも、リッチが自分が寄付したいところへ寄付することを好む社会」といった趣旨のものを読んだ。
■メトロポリタン美術館
その通りである。ただし、「だから所得格差を否定しない」とする発言があったことには愕然とした。アメリカの所得格差は、奨学金も含めてリッチからのピンポイントな寄付があるからといって現状のまま放置できるレベルではない。繰り返しになるが、多くの中流層、上流層は所得格差の大きさ、貧困問題の深刻さを理解していない。極度の貧困は精神面の貧困に直結する。加えて、アメリカでは貧困は人種問題と結びついていることもあり、マイノリティ・ゲットーの貧困層は、もはや他者が踏み込めない独特の文化を形成するまでに至っている。
その対極にいる資産家は大金を文化興隆につぎ込み、それによって美術であれ、音楽であれ、質の高さが保たれている。これはアメリカの文化形成に無くてはならない部分だ。しかしサウスブロンクスやブルックリンのブラウンズヴィルといったゲットーの住人がマンハッタンの美術館やオペラ鑑賞に出向くことはない。
片道2.50ドルの地下鉄代すら持たず、改札を飛び越えて警官に捕まる若者に、メトロポリタン美術館の入館料25ドルが払えるはずもない。「だからこそ入館料は任意となっている。1セントも払わずに入れる」との声が聞こえてきそうだが、そもそも美術館に行くという文化的習慣を持たずに育っており、入館料は任意などという細かい情報も入ってはこない。
■ホームレス児童18,000人
つまり、ゲットーの子どもたちにとって (1)「美術館に行きたい」と思うようになるだけの教育環境 (2)「入館料は任意」の情報が手に入る情報環境 (3)地下鉄代が払える経済環境 が与えられなければ、どれほど美術館が充実しても、それは無用の長物なのである。
こうしたプアの実態を目の当たりにすれば、共和党員だろうが、保守派だろうが、「これがアメリカなのか!」と心底驚くはずだが、先にも書いたように外部にこれを知らせることはとても難しい。だからこそ富裕層による大型寄付文化はそのまま維持しつつ、政府による細かいプア支援策、言い換えれば富の再配分も必要となる。具体的にはリッチ層への増税だけではなく、賃金格差の是正が必要だ。生まれたときから福祉と寄付によってのみ生き存える暮しは人間を破壊する。ちなみに東京より家賃が高いとされるニューヨークの最低賃金は、2012年現在7.25ドル(580円)だ。
今、ニューヨーク市には18,000人のホームレス児童がおり、実親に育ててもらえずに里子に出されている子どもは14,000人いる。親や身内と暮してはいても、底なしの貧困にある子どもの数は数えきれない。しかし、彼らはゲットーに集中して暮しているため中流層、上流層の視界に入ることは稀だ。
命をつなぐための必要最小限のパンとミルクだけで育った子どもは美術館には行かないし、行く方法も持たない。
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