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黒人にとっての9.11


13回目の9月11日。メディアの報道量は減ったものの、慰霊式は例年通り行われた。今年は数年振りに、仕事をしながらだけどテレビを付けっぱなしにして慰霊式を観た。


犠牲者2,606人の名前が遺族によって読み上げられて行く。3時間かかる。


画面を見ずに声だけ聞いていて気付いたこと。イタリア系、アイルランド系、ユダヤ系の名前がとても多い。アイリッシュ特有のMc(マク〜)の付く姓はいったい何人いただろう。(*) ただ、これ自体は特に驚くことでなく、ニューヨークにはこの3グループが多いのだ。改めて思ったのは、黒人の名の少なさだった。


*歴史の経緯や婚姻などにより、黒人も含めてアイルランド系以外にもMc姓を持つ人がいる


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9.11の後、日本の新聞や雑誌から「ハーレムのアフリカン・アメリカンの様子」を聞かれたり、原稿の依頼を受けた。困った。ハーレムはマンハッタンの一部で、WTCの煙も見えた。けれど当日の午後、道でテニスラケットを持った人とすれ違ったりした。グラウンドゼロを覆った究極の恐怖や緊張感は、ここにはなかった。その理由は以下。


WTC犠牲者2,606人の内訳
白人:1,984人
ヒスパニック:247人
黒人:207人
アジア系:165人


当時のNY市の人口比率
白人:35%
ヒスパニック:27%
黒人:25%
アジア系:10%


金融の中心であったWTCで働く黒人、ラティーノは極端に少なかったのだ。


また、救出作業中に多くの死者を出し、英雄となった消防士は340人いるが、当時、NY市の消防士の92%が白人だった。(**)


もちろん黒人もラティーノもテレビで中継を観たし、自分が住む都市で起った未曾有の事態におののいた。人種など関係なく、他者のいたましい死に涙する人もいた。けれどプア層にとってWTCは単なる2つの巨大な建物であって、アメリカの富の象徴としての意味はなかった。WTCと黒人またはラティーノ・コミュニティ:ハーレム、ワシントンハイツ、サウスブロンクス、ブラウンズ・ヴィル、ベッド・スタイ、ジャマイカ・クイーンズ、etc., との間には、実際の距離以上の心理的距離があったのだ。


** 後に採用方法が問題となり、現在は裁判所の監視下でマイリティ・リクルートを行っている




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author:堂本かおる, category:ニューヨーク, 08:01
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