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ヒューマン・バラク・オバマ 第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー〜黒人少年の未来のために
ヒューマン・バラク・オバマ
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー 〜 黒人少年の未来のために

 

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■


今から2年前、オバマ大統領は「マイ・ブラザーズ・キーパー」と名付けたプロジェクトを立ち上げた。"my brother's keeper" とは聖書の創世記にあるカインとアベル兄弟の物語からの言葉で、今では「同胞や同志を見守る者」の意味で使われている。その名のとおり、このプロジェクトの目的は教育や就職で不利な立場にある黒人とラティーノの男子青少年を成功に導くべく支援することだ。


オバマ大統領がこのプロジェクトを立ち上げるきっかけとなったのは、前号「第2回:バラク・オバマは『黒人』なのか〜人種ミックスの孤独」でも少し触れたトレイヴォン・マーティン射殺事件だった。


2012年2月、フロリダ州。当時17 歳の黒人少年トレイヴォンはジュースとキャンディを買いにコンビニに出掛け、帰りは雨が降っていためフーディ(パーカーのフード)を頭に被っていた。それを見掛けた自称自警団の男が「怪しい」とトレイヴォンの後を付け、揉み合いとなった挙げ句にトレイヴォンを射殺してしまった事件だ。


この事件は黒人社会に大きなショックを与えた。「コンビニ帰りの黒人高校生がフーディを被っていたために殺された」 - 全米の全ての黒人の若者にとって「明日は我が身」であり、親は「自分の息子にも起こり得る」と震撼した。


それはオバマ大統領も同じだった。事件後、オバマ大統領は「もし私に息子がいれば、トレイヴォンのようだっただろう」「この少年のことを考える時、私は自分の子どもたちのことを考えてしまう」と語った。オバマ大統領の長女マリアはトレイヴォンとわずか3歳違いだ。


この事件の裁判は翌2013年7月に行われ、証人喚問がテレビ中継されるなど全米が固唾をのんで見つめる中、犯人はまさかの無罪となった。黒人社会は再び大きく動揺し、人々は怒りを露にした。


無罪判決の翌週、オバマ大統領は再度のスピーチを行った。過去に「黒人として」の発言をほとんどせず、事件直後のスピーチでもトレイヴォン、自分自身と娘たちが黒人であることを敢えて「黒人」という言葉を使わずに表した大統領が、この時は黒人男性としての心情を露にした。過去に自身が受けた人種差別の例をい くつも挙げ、「トレイヴォン・マーティンは35年前の私だったかもしれない」と言い、「アフリカン・アメリカン・コミュニティ」「アフリカン・アメリカン・マン」「アフリカン・アメリカン・ボーイ」という言葉を繰り返した。「同じことが白人の少年に起こっていれば結果は全く違っていただろう」「貧しい黒人地区では暴力が蔓延し、貧困と機能不全は過去の困難な歴史(奴隷制)に繋がっている」とまで言い切った。


そのスピーチでオバマ大統領は多くの黒人少年がネガティブな環境にあり、彼らには支援が必要なこと、そのための方策をファーストレディのミシェルと盛んに話し合っていることも語っている。この時は誰も知る由もなかったが、この「支援」が翌2014年に発足した「マイ・ブラザーズ・キーパー」だったのである。


■大統領自らNPOを設立

※この続きは note(ノート)でお読みいただけます(有料)

 
ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領〜「私はフェミニスト」(無料)


ヒューマン・バラク・オバマ
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか〜人種ミックスの孤独(無料)



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author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 16:19
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映画『KICKS』〜スニーカーと銃:ゲトーの青春

映画『KICKS』

 〜スニーカーと銃:ゲトーの青春

 

ハーレムに拠点を置く ImageNation という名の映画オーガニゼーションがある。ブラックムービーをハーレム内のアートスペースで上映したり、屋外上映会を企画運営などしている。その ImageNation 主宰の『KICKS』という新作映画のスクリーニングがマジック・ジョンソン・シアターというハーレムにあるシネコンで行われた。

 

『KICKS』は今年4月のトライベッカ・フィルム・フェスティバルでオープニング・プレミアとして上映されて好評を得、アメリカでは9月9日より一般公開となる。今回のスクリーニングはそれに先駆けてのもので、「口コミでこの映画を広めてもらうためだから、面白かったら回りの人に伝えてね」と主宰者のMoikgantsi Kgamaさんが言ったので、レビューを書いてみる。

 

(ネタバレ注意)

 

『KICKS』とはスニーカーのこと。若者のスラング。


カリフォルニアのベイエリアに住む高校生のブランドンはジョーダンのスニーカーが欲しくてたまらない。友だちは皆、履いている。親友のリコとアルバートも履いている。破れた古いスニーカーなんて履いているのは自分だけ。ジョーダンが欲しくて、欲しくて、欲しくてたまらない。けれど貧しいブランドンには手が出ない。


ブランドンと親友たちはゲトーではごく普通のティーンエイジャーだ。NワードやBワードを連発し、女の子といちゃつき、バスケをし、マリファナを吸い、コンビニで飲み物くらいは万引きするけれど、それ以上の大それたことはしない。そんなブランドンだからスニーカーを盗むことなど出来ず、道端でキャンディを売って資金を貯める。


やがてブランドンはついに念願のジョーダンを手に入れるが、初めて履いたその日に地元のサグのフラコに盗られてしまう。銃を持ち、情け容赦のないフラコに楯突くことは出来ず、涙を流しながらジョーダンを手放すブランドン。


15歳にしては小柄で童顔だから中学生くらいにしか見えず、性格も奥手で大人しいブランドンだが、あのジョーダンだけは諦められない。思い詰めたブランドンが取ったジョーダン奪回の手段とは……


「KICKS」トレイラー



前半の粗筋を書くと、とても単純な物語に思える。実際、シンプルなストーリーなのだが、時々“宇宙飛行士”が表れる。シングルマザーらしきブランドンの母親は一度も登場しない。部屋に置かれた写真立てに、にこやかに笑う母親と幼いブランドンの写真があるのみ。母親との不仲を表す描写は何もない。母親は単に仕事で忙しく、ブランドンと時間を共にすることが出来ないのだと思わせる。兄弟姉妹も登場しない。ひとりっ子なのだろう。ブランドンは孤独なのだ。そんなブランドンの心象風景としての宇宙飛行士。もしかすると幼い頃に宇宙飛行士に憧れ、宇宙飛行士になりたいと思っていたのかもしれない。白い宇宙服を着て、ヘルメットで顔が見えない宇宙飛行士はブランドンが独りの時にだけ表れる。


後半の粗筋は書かないが、この映画は「努力してスニーカーを買ったブランドン」と「銃で脅してスニーカーを奪ったフラコ」による勧善懲悪物語ではない。ブランドンにもダークサイドがある。フラコにも愛情がある。途中で登場するブランドンの刑務所帰りの叔父にも驚くほど異なる2つの顔がある。


しかし劇中で起こる出来事は、彼らがゲトーに暮していなければ、そもそもこんなことにはなっていなかっただろうと思われることばかりだ。ゲトーの全ての土台となっている貧困。日常に当たり前に存在する暴力。マチズモ。家庭崩壊。そこからくる愛情の歪み。それら全ての背景にある、しかしこの映画では直接は描かれない人種問題。ゲトーではそれをサバイバルしなければ文字どおり、死んでしまうのだ。


そんな人生を登場人物たちは当たり前のことと受け止め、実はひょうひょうと生きていく。サバイバル出来ずに死んだ者もいる。けれど生き残った若者たちはサバイバルをラッキーに思い、タフになった自分を誇りに思い、そして、以前と同様に生き続けるのだ。
 

『KICKS』

監督: ジャスティン・ティッピング
ブランドン:ジャーキング・ギルロイ(新人)
★ Nas, E-40, Jay Z, 2Pacなどの曲が使われ、象徴的なリリックの一節が画面に写し出されるのもお楽しみ

 

author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 17:03
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ヒューマン・バラク・オバマ 第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか 〜 人種ミックスの孤独

ヒューマン・バラク・オバマ
 第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか

     〜人種ミックスの孤独

 


バラク・オバマは2008年の大統領選で「米国史上初のアフリカ系大統領」として世界中の注目を集めた。あれから2期8年を経て来年1月に退任した後は、やはり「米国史上初のアフリカ系大統領」として教科書や歴史書に永久にその名を残す。

 


しかし、オバマ大統領は単に「黒人」なのだろうか。父親はケニア人、母親はアメリカ白人。バラク・オバマのアイデンティティは果たして「黒人」なのか、「白人でもある」のか、「ミックス」なのか。はたまた「アメリカ人」なのか、それとも「ケニア人」なのか。

 


以下はバラク・オバマの子ども時代のタイムライン。彼の複雑な人種バックグラウンドがよく分かる。

 


1959
後にバラク・オバマの母となるアン・ダンハムが両親と共にカンザス州からハワイ州に引越す。後にバラク・オバマの父となるバラク・オバマSr.がアフリカのケニアからハワイ州に留学生としてやってくる

 

1960
アン(当時18歳)とバラクSr.(当時24歳)がハワイ大学のロシア語クラスで出逢い、翌年2月に結婚

 

1961
8月4日にホノルルの病院でバラク・フセイン・オバマ誕生

 

1961
8月後半に母アンは乳児バラクJr.を連れてワシントン州の大学へ。父バラクSr.はハワイ大学に留まる

 

1962
父バラクSr.はマサチューセッツ州のハーヴァード大学へ。母アンとバラクJr.はハワイに戻る

 

1964
母アンと父バラクSr.が離婚。父バラクSr.はケニアへ帰国、再婚

 

1965
母アンがインドネシアからの留学生ロロ・ソエトロと再婚

 

1966
義父ロロが単身インドネシアへ戻る

 

1967
母アンとバラクJr.(当時6歳)もインドネシアへ

 

1970
母アンと義父ロロの間にマヤ(バラクJr.の妹)誕生

 

1971
バラクJr.(当時10歳)のみハワイに戻り、祖父母と暮らす

 

1971
父バラクSr.がハワイを1ヶ月のみ再訪。バラクJr.は物心ついて以来、初めて父と会う。後に父はケニアで交通事故により死亡するため、バラクJr.が父と会ったのはこの時のみ。母アンは1995年にガンにより他界

 


要約するとケニア人の父はオバマ誕生後に帰国してしまい、オバマは父の記憶が無いまま、白人である母と祖父母にハワイで育てられている。6歳から10歳まではインドネシアで過ごし、白人の母とインドネシア人の義父との間に妹が誕生。インドネシアからの帰国後、オバマはハワイという黒人が非常に少ない州で多感な中高生時代を送る。ホノルルの黒人人口比はわずか3.3%であり、当時の写真を見ると、白人とアジア系の友人たちに囲まれ、黒人少年はオバマひとり。オバマの自著『マイ・ドリーム〜バラク・オバマ自伝(原題:Dreams from My Father)』(ダイヤモンド社)を読むと、驚くほど多くの部分が黒人としてのアイデンティティ模索の表記となっており、それは成人した後の章でも延々と続く。

 


■黒い人形、白い人形

 


アメリカは人種社会だ。ゆえに異なる人種のミックスはアイデンティティの確立に苦しむ。

 

 

物心つく前の子どもたちに人種は関係ない。ニューヨークでも、たとえば地下鉄の中で離れた座席にいる幼い子どもたち〜白人、黒人、ラティーノ、アジア系、何であれ、それぞれ親に抱かれていたり、ベビーストローラーに座っていたり〜がじっと見つめ合う光景をよく見掛ける。お互いの外観が物珍しいからではなく、単に子ども同士として引き合っているのだ。もし同じ部屋に座らせると、何の躊躇もなく一緒に遊び出す。

 


しかし、その後は徐々に人種について学び始める。そもそも多くの子どもは人種別に隔離された地区に住んでいる。ハーレム、チャイナタウン、ヒスパニック地区、白人の居住エリアなどなど。各地区には人種民族特有の文化(食事、音楽やダンス、スポーツ、話し方、親の職業、所得etc.)が色濃くあり、子どもたちはそれを吸収しながら育つ。マイノリティの場合はマイノリティとしての社会的ハンデを背負わされているにせよ、コミュニティにいる限り文化的には心地よい。裏を返せば、他の人種の文化を知るチャンスがない。具体的に言えば、黒人の子どもはヒップホップとバスケットボールは自然と覚えてしまうが、クラシック音楽やスキーはなかなか体験できない。

 


さらに黒人の場合は周囲から「黒人は劣等」の刷り込みが行われる。有名な実験がある。黒い人形と白い人形を並べ、黒人の子どもたちに「どっちが可愛い?」「どっちが良い子?」と聞くと、多くの子どもが白い人形を指差す。「どっちが醜い?」「どっちが悪い子?」と聞くと、多くの子が黒い人形を指す。理由はそれぞれ単に「白人だから」「黒人だから」。ある女の子は「どっちが自分に似ている?」と聞かれ、辛そうな顔付きで黒人の人形を指差すが、その人形に触れようとはしない。(*)

 

(*:子どもにとって非常に厳しい質問が為されたためと思われる。遊びの場では黒人の人形を「私にそっくり」と喜ぶ子どもは多い)

 


■人種ミックスの孤独

 


子ども時代のバラク・オバマは白人社会とインドネシアで育ち、アメリカの黒人文化を学ぶチャンスがなかった。

 


しかし、周囲は彼をその外観から黒人としてしか扱わない。白人の血が半分入っていること、アジアで暮し、アジア人の義父と妹がいることなど他者は知る由もない。本人がそうした複雑なバックグラウンドを説明したところで、その体験や心情を誰も理解できない。したがってオバマ本人も10代になると自分は黒人だという意識を急速に強めていく。バラク・オバマには、それしか道は無かった。奴隷制時代に由来する「一滴でも黒人の血が流れているなら黒人」の法則は、現代アメリカにもそのまま残っているのである。

 


高校を卒業後、いったん西海岸の大学に進んだオバマがニューヨークのコロンビア大学に移った理由は、黒人街ハーレムに近い場所にあるからだった。しかし、そこでもゲトーの黒人たちと、白人中流家庭に育った自分との間に埋めようの無い距離感を抱く。

 


その時期、オバマは最愛の母アンもまた黒人を真には理解していないことを知る。聡明だが純真過ぎる母は、黒人の美しく“エキゾチック”な面に憧れる少女に過ぎなかった。妹マヤとは人種ミックスであることは共有できたが、マヤも黒人ではなかった。

 


このように人種社会アメリカで人種ミックスとして育つことは、時に深い孤独感を生む。

 


その後、オバマはシカゴの黒人ゲトーに地域オーガナイザーとして出向く。優秀なオバマにはもっと割りのいい仕事がいくらでもあったにもかかわらず。そこでミシェルと知り合うのだが、シカゴで5年働いた後、オバマはハーヴァード大学ロースクールに進む。卒業後にミシェルと結婚してシカゴに戻り、シカゴ大学で以後12年間、憲法を教える。教授時代の後半にはイリノイ州議員に立候補して当選し、教授との兼務を果たす。その後、上院議員となって民主党の若きスターとして注目され、ついに2008年の大統領選でアメリカ初の黒人大統領誕生という奇蹟を起こすに至ったのである。

 


■「黒人度数が足りない」

 


オバマ大統領は「黒人度数が足りない」と言われる。「対立者と融和を試み過ぎる」とも言われる。実のところ、だからこそ大統領に当選したと言える。

 


オバマ大統領のアイデンティティは黒人だ。2010年の国勢調査時、人種欄のどれを選ぶかと聞かれ、「黒人」と答えている。母親が白人なので「白人」を選ぶか、人種ミックスとして「その他」を選ぶことも出来るのだが、これはオバマ大統領のアメリカに対する黒人宣言だった。

 


しかし、大統領とは特定の人種を代表し、その便宜を図る仕事ではない。仮にそうしたくとも全米の黒人人口は13%に過ぎず、最大多数派の白人票を得なければ当選できない。黒人差別が色濃く残るアメリカで白人に票を投じさせたのが、オバマの政治家としての能力と人柄以外に、外観も態度も「ステレオタイプな黒人過ぎない」ことが大きく作用したはずだ。

 


オバマ大統領が対立者と話し合いによる融和を試みることにも必然性がある。黒人が中央社会で成功を収めようとする過程では「黒人だから」というだけの理由で反発が起きる。直裁な人種差別もあれば、社会の仕組みに黒人が不利になる構造が組み込まれていることもある。それに対して毎回、その場その場で烈火の如く怒っていては本来の目標を果たせなくなる。黒人だからという理由で反発してくる相手に対し、その差別的な態度には敢えて目をつむって議事内容を話し合い、相手を説得、納得させて賛同を取り付けなければ政治家として機能できない。白人やアジア人と共に育ってきたオバマは、他人種と自然に馴染めるという大きなアドバンテージを持っている。

 


とは言え、人種差別主義者の「黒人大統領」に対する抵抗は凄まじい。ネットにはオバマと猿をコラージュした写真が溢れている。ある政治家はホワイトハウスが黒人の好物とされるスイカの畑になった絵をバラまいた。共和党がオバマ政権の法案をことごとく否決するのは言わずもがなだが、急死した最高裁判事への追悼を述べる前に「オバマに判事の指名はさせない」と口走るなど、共和党の上院院内総務ミッチ・マコーネルの態度は度を過ぎている。また、いったんは減っていたKKKなどヘイト団体が再度増えた。ホワイトハウスは公表しないが、暗殺も含めた脅迫はかなりあるものと思われる。

 


ドナルド・トランプも「オバマはケニア生まれで大統領の資格は無い」「アメリカ生まれなら出生証明書を見せろ」と唱えるバーサー(出生国主義者)に便乗した。次元の低い人種差別はスルーしてきたオバマ大統領だが、トランプには強烈な仕返しをお見舞いした。トランプも招かれた2011年の特派員晩餐会で、「私の出生の瞬間のビデオを初公開します!」と言って、『ライオン・キング』の仔ライオン誕生のシーンを上映し、会場は大爆笑。晩餐会は全米中継されており、トランプは国中の笑い者となった。

その一方で、黒人知識人コーネル・ウェスト、今回の大統領選に共和党から立候補していた黒人の元脳神経外科医ベン・カーソンは「奴隷の祖先を持たず、白人に育てられたオバマは自分と違って十分に黒人ではない」と批判している。

 

オバマ選挙事務所が支持者に送ったバラク・オバマの出生証明書のコピー

もちろん一種のジョーク。証明書をプリントしたマグカップも作られた。

 


■アメリカの「黒人」の定義

 


当選後も「黒人として」のメッセージをほとんど発しなかったオバマ大統領だが、2012年に17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンが自称自警団の男に射殺された時には「トレイヴォンは私の息子でもあり得たし、35年前の私自身でもあり得た」と言った。さらに「私自身も含めてアフリカン・アメリカン男性の多くが、デパートで万引きしないかと警備員に付けられたり、歩いているだけで駐車中の車のドアを中からロックされたり、エレベーターで乗り合わせた女性が引ったくられないようにバッグを抱え直したりという経験をしている」と語った。

 


このように黒人男性には犯罪と暴力のステレオタイプが付きまとう。暴力を伴う犯罪は貧困の副産物だ。貧困を無くせば犯罪は減り、ステレオタイプも是正され、何より黒人男性自身と社会が幸福になれる。貧困から脱するために必要なのは教育だ。そこでオバマ大統領は2年前に黒人とラティーノの生徒と若者を支援する「マイ・ブラザーズ・キーパー」というプロジェクトを立ち上げた。オバマ大統領はこのプロジェクトを「一生続けていく」と宣言している。

 


バラク・フセイン・オバマは、アメリカという国と社会によって形作られた黒人なのである。時代や場所が違えば黒人ではなかったかもしれない。だが、今のアメリカに於いては黒人であり、ただし他の誰とも違う生い立ちを課せられたからこそ、他者が持てない独特の視点を持ち、ゆえに黒人社会と中央社会を繋ぐことが可能なのである。

 


オバマ一族の写真 2013年大統領就任式の日
 

写真左から
ミシェルの兄
兄の娘(オバマの姪)
兄の息子(オバマの甥)
ミシェルの母
ミシェル
二女サーシャ
バラク・オバマ
長女マリア
オバマの姉の娘(オバマの姪)
オバマの姉(実父の最初の妻の長女)
オバマの妹(白人+インドネシア)
オバマの妹の夫(カナダ生まれのマレーシア系)
オバマの妹夫妻の娘2人(オバマの姪)

 

 


ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領「私はフェミニスト」

 

 

 

 

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author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 07:25
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シカゴ:銃撃の都市〜逃げる黒人を警官が背後から射殺

シカゴ:銃撃の都市

 〜逃げる黒人を警官が背後から射殺

 

 

またしても黒人青年が警官によって射殺された。シカゴ。青年が運転する車に向って警官が何発も発砲する様が、警官が装着している小型ビデオカメラ(ボディカム)によって撮影されており、その銃撃の派手派手しさはアクション映画さながらだ。しかし、車を降りた丸腰の青年を警官が背後から撃って死なせた瞬間の映像だけは、なぜか残されていない。

 

 

7月28日、午後7時半頃。イリノイ州シカゴ。黒人青年ポール・オニール(18)は盗難車を運転していたとされる。警官はオニールの車を停めようとしたが、オニールは停まらず、パトカーと接触。そのまま走り去るオニールの車に警官が発砲。その後、オニールの車は別のパトカーに衝突。この時点でオニールは車を乗り捨て、民家の裏庭へと逃走。複数の警官が徒歩で追跡。数人の警官は裏庭の塀の戸に阻まれるも、一人の警官が戸をよじのぼって乗り越える。その時、戸の向うで数発の銃声。この発砲でオニールは死亡したと思われる。



警官のボディカムによって撮影された事件のビデオ映像(編集版)

 

 

しかし発砲の瞬間の映像はなく、ビデオは塀の反対側のシーンに飛ぶ。地面にうつ伏せに倒れているオニール。黒いバックパックを背負っているが、白いTシャツの背中の右側に大きな血の染みが見える。おそらくすでに死んでいるか、死にかかっているオニールに手錠をかけ、バックパックの中を探る警官。一人の警官は自分も撃たれたと思い、身体をチェックするが、どこも撃たれてはいない。なぜなら、ポール・オニールは銃を持っていなかった。ビデオに録音されている警官たちのセリフによると、最初の警官の発砲を他の警官がオニールによる発砲と勘違いし、“応戦”したのだ。そもそも警官が動いている車へ発砲すること自体が違法である。

 

 

8月5日に警察の記者会見が開かれ、複数の警官のボディカムとパトカーのダッシュボードに取り付けたビデオカメラの映像計9本が公開されたが、オニールを撃った警官のボディカムは「うまく動作していなかった」と発表された。発砲した警官3人はすでに停職中だが、本格的な捜査はこれからとなる。

 

 

映像の中で、ある警官は「マザファッカー、オレたちをファッキン撃ちやがった」と言っている。ハイファイブ(ハイタッチ)をする2人の警官がいる。発砲した警官は「30日のファッキン・デスクワークだぜ」と不平を言っている。

 


■シカゴ:荒廃の都市

 


この事件が起ったシカゴは犯罪発生率が非常に高い。アメリカで治安の悪い都市と言えば、日本ではニューヨーク、中でもハーレム、サウスブロンクス、LAならコンプトン、サウスロサンゼルス(旧サウスセントラル)などが知られるが、そうした“イメージ”と実態は異なる。ワシントンンD.C.や、ニューヨーク旅行の際に使われることもあるニュージャージー州の空港のあるニューアークなど、日本ではなんとなく治安が良さそうだと思われている場所が犯罪多発地区であることも少なくない。

 

 

特に近年、シカゴの治安が大きな問題となっている。
人口と事件数をニューヨーク市と比較してみる。


ニューヨーク市
人口:850万人
発砲事件の被害者:636人(1/1〜7/31)
殺人犠牲者:193人(1/1〜7/31)

 

シカゴ
人口:270万人
発砲事件の被害者:2,430人(1/1〜8/6)
殺人犠牲者386人(1/1〜8/6)


シカゴの人口はニューヨークの3分の1以下だが、発砲事件は4倍近く、殺人はちょうど2倍となっている。

 

 

シカゴの新聞、シカゴ・トリビューンのサイトを見ていると、6日(土)に「金曜の朝から土曜未明にかけて発砲事件により4人死亡、17人負傷」の記事があった。翌7日(日)にサイトに戻ると、「土曜の午前10時から日曜の午前4時半にかけて銃により2人死亡、24日負傷」の記事。

 

 

シカゴ市長のラーム・エマニュエルは、下院議員を経てオバマ政権の初代ホワイトハウス主席補佐官となった人物だ。オバマ大統領とは同郷であり、個人的にも仲の良い友人同士だったが、就任から2年を待たずに辞任して地元シカゴの市長に立候補し、当選。下院議員→首席補佐官→市長とは異例のルートだが、それだけ荒れ放題の故郷への思いが強く、また闊達なエマニュエルは自分の辣腕を発揮するチャンスとも思ったのだろう。話は逸れるが、同じように荒廃を極めたニュージャージー州ニューアークで「殺人件数を減らす」ことを目標に市長となり、今は上院議員となっているコーリー・ブッカーとは逆のルートだ。

 

 

それだけやる気のあったエマニュエル市長だが、シカゴの犯罪には手こずっている。犯罪者の間に違法の銃が蔓延すればするほど、警官は自己防衛のために先に撃つようになる。すると容疑者と取り違えられた市民や、銃を持たずに軽微な犯罪を犯しただけの者までたやすく撃たれる。その際、警官に黒人への偏見があることは被害者の人種別データを見れば分かる。

 

 

こうした事件が続くと黒人市民と警察の関係が険悪になり、さらなる悪循環を招く。2年前に同じくシカゴで起った警官による黒人少年ラクアン・マクドナルド(17)射殺事件の際、射殺の瞬間の監視ビデオ映像が長らく公開されなかった。内容に憤慨した市民による大規模なデモや暴動を恐れ、かつ保身のためと思われるが、結果的に市民をさらに怒らせることとなり、ラーム市長への辞任要求が起った。シカゴの警官がボディカムを付け始めたのもこれが理由だ。警察活動の映像を残して透明性を保つという主旨で、今、全米の警察が徐々にボディカムを導入しているが、警官たちはその存在を驚くほど無視した行動を続け、さらには「なぜか機能しなかった」と言う。

 

 

遺族と地元民、ブラック・ライブス・マターは今回の事件への抗議運動を続けている。現時点では事件の先行きは不明だが、シカゴに限らず、市民を殺害した警官の多くは起訴さえされず、裁判になっても圧倒的多数は無罪、もしくは実刑を免れている。

 

 

 

 

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author:堂本かおる, category:アメリカ文化・社会, 16:11
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ヒューマン・バラク・オバマ 〜 第1回:父親としてのオバマ大統領「私はフェミニスト」

 

ヒューマン・バラク・オバマ
第1回:父親としてのオバマ大統領「私はフェミニスト」

 

 

前代未聞の事態となった大統領選が進む中、アメリカではすでにオバマ大統領の引退を惜しむ声が出ている。先日の民主党全国大会では早くも「I Miss Obama(オバマが恋しい)」と書いたプラカードを掲げた人もいた。多くの人が選挙戦が進めば進むほど、それはオバマ大統領の引退を意味することから、一抹どころか大いなる淋しさを感じているのだ。

 


ヒラリー・クリントン対ドナルド・トランプの大統領選挙本選は11月8日。その日の勝者が年明け1月20日の大統領就任式で正式に第45代アメリカ合衆国大統領となる。その前日に第44代バラク・オバマ大統領の任期が終わる。

 


アメリカの人々、特に黒人市民の胸中には8年前の、史上初の黒人大統領誕生への期待、熱狂、感動が再び走馬灯のようによぎっている。あの時、「この瞬間、この時代に立ち会えて本当に良かった」と誰もが心の底から思ったのものだ。

 


しかし、以後の8年間はアメリカにとっても、オバマ大統領にとってもイバラの道だった。リーマン・ショックとイラク/アフガン戦争を引き継ぎ、オバマケアを始め、ほとんどの政策で共和党の意固地さに苦しめられた。テロ、無差別乱射、警察から黒人への銃暴力が頻発した。「ケニア人は大統領の資格無し」など、オバマ大統領自身への人種差別も続いた。外交に関しては必ずしも盤石とは言えず、批判されることも多かった。

 


だが、米国大統領はアメリカの国政をおこなう者でもある。日本ではあまり報道されてこなかったが、オバマ大統領は人種的マイノリティ、貧困層、女性、LGBT、刑務所収監者など社会的弱者の権利のために地道な努力を続けた大統領だ。「貧困層の中高生も宿題ができるよう、低所得者団地にWi-Fiを無料提供」など、過去のどの大統領も思い付かなかった政策だ。その背後には彼自身の生い立ちも深く関係している。以後、人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を連載として書いていきたい。

 


第1回となる本号では、オバマ大統領の政策ではなく、「ダディ」父親としてのバラク・オバマについて書いてみる。

 


オバマ大統領は8月6日から2週間の夏休みを取る。今年も妻ミシェル、2人の娘マリア(18)、サーシャ(15)と共にマサチューセッツ州の高級避暑地として知られる“マーサのワインヤード島”で過ごす。

 


普段は寝る暇もないほど多忙な大統領は、この時ばかりはゴルフ三昧となるが、毎夏、娘たちとサイクリングしたり、アイスクリーム・ショップで好みのフレイバーを舐めたりもする。彼が娘たちを、それこそ目に入れても痛くないほどに可愛がっていることはよく知られている。なのでここ2〜3年は「娘たちがティーンエイジャーになって、父親と遊んでくれなくなった」とよく嘆いている。昨年の夏は長女マリアがニューヨークのケーブルTV局HBOでインターンをしたため、わざわざ大統領がニューヨークまで飛び、マリアの友だちも呼んで夕刻に閉館後のメトロポリタン美術館で“デート”をしたりもしている。(美術館まではセントラルパークを歩いたため、偶然居合せたニューヨーカーたちには大きなサプライズ!となった) 年頃の娘を持つお父さんとは、まったく切ないものだ。とは言え、娘たちも実は父さんが大好き。今は「大統領とファースト・ドーターズ」として最後の休暇を存分に楽しんでいる最中ではないかと思う。

 


そんなオバマ大統領が、休暇に出発する2日前に女性ファッション雑誌グラマーに「フェミニストとはこんなふうに見えるものさ」と題したエッセイを寄稿した。タイトルの下には20代の頃のバラク・オバマの白黒写真。パナマ帽を被り、“ナンパ”な顔付きで写っている。当時、ある若い女性写真家がバラク・オバマをモデルとして見初めて撮影した写真だ。

 


文中、オバマ大統領は自分がフェミニストであると何度も書いている。

 


このエッセイ、究極のポイントは娘たちのより良い未来のために、娘たちが何であれ希望する道に進めるよう、女性にすべての門戸を開きたいということだ。そのためには「女性はこうあるべき」というステレオタイプを無くさなければならない。そう思い至った背景として、シングルマザーとして自分を育てた母親(開発途上国の女性支援に生涯を捧げた)、その子育てを助けた祖母(学歴がないにも拘わらず銀行の支店長になった)、自分自身のキャリアと子育ての両立に苦心しながらもやり遂げたミシェルの存在と、当時は議員という職業のスケジュール上、子育てを手伝えずにミシェルに大きな負担をかけたことへの後悔を挙げている。

 


加えて、女性へのステレオタイプを無くすには男性へのステレオタイプを無くす必要もあると強調している。大統領は父を知らずに育った自分が「どんな男性になるべきか」が分からずに苦しんだこと、そこには世間にあふれる「男性とはこうあるべき」というステレオタイプの存在があったことを綴っている。

 


 


2009年の初当選時、オバマ夫妻が最も心配したのは、当時7歳のサーシャと10歳のマリアのことだった。まだ幼い子どもを一般社会から隔絶されたホワイトハウスに住まわせ、常にシークレットサービスに付きまとわれる生活が一体どんな影響を及ぼすのか。

 


両親としての2人は子どもたちに可能な限り、「普通」の生活をさせるよう、心掛けた。子どもたちは4年後もしくは8年後にティーンエイジャーという、とても難しい年頃で一般社会に戻らなければならないことが分かっていたからだ。ミシェルはホワイトハウスのメイドに対し、娘たちにベッドメイキングを自分でさせるよう頼んだと言う。アメリカ人にとって寝起きにシーツやベッドカバーをきちんと整えることは必須の生活スキルなのだ。ちなみに今夏、15歳になった末娘のサーシャは避暑地に一足早く到着し、地元のシーフード・レストランで短期のアルバイトを経験した。これも来年からの一般人としての生活のリハーサルなのだろう。もっとも、6人ものシークレットサービスに取り囲まれてのことだったらしいが。

 


ミシェル自身もファーストレディとして多忙になることが明白だったため、ミシェルの実母、子どもたちの祖母もホワイトハウスに同居した。オバマ大統領の両親とミシェルの父はすでに他界しており、子どもたちにとって唯一のおばあちゃんだ。

 


娘たちのプライバシーを守るためにメディア露出は抑えられたが、ホリデーシーズンや休暇時のファミリー写真は公開された。両親揃って長身なためか、娘たちも新しい写真が出るたびに驚くほど背が伸び、顔付きもどんどん大人びて、全米の“オバマ・ファミリー・ファン”を驚かせた。ミシェルの見立てと思われる、子どもたちのファッションも注目を浴びた。

 


アメリカの黒人にとって、聡明そうな可愛い黒人の女の子がセンスのいい服を着てホワイトハウスで無邪気に笑う図は、まさに「夢のよう」だった。これは母親であるミシェル自身がまったく同じように感じていたことでもあり、7月下旬に開催された民主党全国大会でのヒラリーへの応援演説の中でこう語った。


「私は毎朝、奴隷が建てた家(ホワイトハウス)で目を覚まします。そして、美しく、知的な、若い黒人女性である娘たちが芝生で犬と遊んでいるのを見るのです」

 


ミシェルもオバマ大統領と同くハーヴァードのロースクールを出たエリートであり、夫が上院議員の時代には夫を凌ぐ収入を得ていた。しかし、典型的なアメリカ黒人家庭出身の女性がそこまで登り詰めるのは容易なことではなかったと断言できる。ミシェルの出身地は、若き日のバラク・オバマが一旦キャリアを捨てて コミュニティ奉仕家として出向いたイリノイ州シカゴ。サウスサイドという黒人貧困地区を抱え、今、シカゴの殺人件数は3倍以上の人口を持つニューヨーク市のそれを上回っている。過剰な犯罪発生率は背後に昔から延々と続く貧困と差別があることの証拠であり、そうした暮しを強いられる黒人へのステレオタイプも消えることなく刻印となってしまっている。400年前に祖先が奴隷であったことは、今の時代を生きる黒人たちにも大きなインパクトを与えているのである。

 


したがってビジネス界で成功を収めるには、ミシェルは女性としてだけでなく、黒人としてのステレオタイプとも闘わなければばらなかった。自身も黒人であることから大統領となった後も人種差別を受け続けているオバマ大統領は、「フェミニスト」エッセイでミシェルの黒人女性としての葛藤にも触れている。

 


こうした歴史背景と現状があるからこそ、オバマ夫妻は娘たちに「ジェンダーや人種によって自分や、他の誰かが不公平に扱われたら声を上げる」ことを教えてきたと書いている。「娘たちにとって父親がフェミニストであることは重要だ」とも。なぜなら「娘たちは、全ての男性がそうであることを望むからだ」

 

 

(次号に続く)

 

 

Glamour Exclusive: President Barack Obama Says, "This Is What a Feminist Looks Like"

Transcript: Read Michelle Obama’s full speech from the 2016 DNC
 

 

 

 

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author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 00:49
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撃たれ続ける黒人男性(障害者施設セラピスト)〜警官が抱える恐怖心

 

撃たれ続ける黒人男性(障害者施設セラピスト)
〜警官が抱える恐怖心

 

 

あなたがニューヨークを一人旅で訪れているとする。何故か人通りの少ない道に迷い込んでしまい、不安になってきた。この時、警官を見掛ければホッとするに違いない。駅までの道を聞けば教えてくれる。あなたは、できればこのまま駅まで一緒に歩いて欲しいと思うに違いない。

 


しかし、地元の黒人男性なら話は違う。自分は独り、NYPDは常にコンビでパトロールするから、あちらは2人。回りに誰もいない。ここで警官に何かされたら目撃者もいない。だから唐突な動きはしない。ポケットに手も入れない。その動作は死をも招く。無事にすれ違うまで平静を装い、淡々と歩く。もし声を掛けられたら、聞かれたことにのみ答え、口答えはしない。そして無事、解放されるまで、やはり平静を装う。犯罪歴など無く、後ろ暗いことが何も無くとも、同じだ。

 


 


7月18日。フロリダ州ノースマイアミで黒人男性が警官に脚を撃たれた。この男性、チャールズ・キンゼイ氏は警官に対して黒人男性が「してはいけないこと」を全てやらなかった。それどころか、自ら路上に横たわり、両腕を上げ、自分の職業と状況説明をし、つまり撃たれないために「すべきこと」を全てしたにもかかわらず、それでも撃たれてしまった。

 


キンゼイ氏は障害者施設に勤務するセラピスト。この日、自閉症の23歳の青年が施設を抜け出したため、連れ戻そうとしていた。ところが、青年が持っていたトラックのオモチャを銃と見間違えた近隣の住人が警察に電話。警官が駆け付けた時点でキンゼイ氏はここ最近の警官による黒人射殺事件と、元米兵の黒人による警官射殺事件を思い、地面に寝、両手を上げた。

 


この辺りから目撃者がビデオ撮影を開始。キンゼイ氏は自分の足下に座り込んでいる青年に「腹這いになれ」と言うが、普段はキンゼイ氏と仲が良いとされる青年は「黙れ!マヌケ!」と叫び返し、言うことを聞かない。

 


キンゼイ氏はすでにライフルを構えている警官に対し、「彼が持っているのはオモチャのトラックだけです。私は施設のセラピストです」「銃は必要ありません」と大きな声で伝えている。

 

黄緑のシャツが障害者施設セラピストのキンゼイ氏。グレーのシャツは自閉症の青年。

 


ここでいったん映像が切れ、警官が3発撃ち、1発がキンゼイ氏に当たった後に再開している。キンゼイ氏と青年は共に路上に腹這いで手錠をかけられている。ビデオ撮影をしている人たちの会話が録音されている。

 


「どうして太ったやつ(青年)じゃなくて、黒人が撃たれたんだ?」
「なぜって、黒人の件だよ」

 


黒人の件とは、先述の射殺事件のことと思われる。

 


キンゼイ氏は収容先の病院で地元TV局のインタビューを受けた際に、撃たれた直後、警官に「サー(Sir),  なぜ、私を撃ったんですか?」と聞いたと言っている。

 


警官の答えは「I don't know.」(分からない)だった。

 


 


これまで何度も書いてきたように、こうした事件の根本の原因は警官が抱える黒人への恐怖心だ。子どもの頃から周囲の大人やメディアによって染み込ませられた黒人への恐怖。それは警官になっても消えることはない。だから「撃たれる前に撃て」となる。相手が「障害者施設のセラピスト」と名乗っても、その声が耳に入ることはない。相手は「黒人」なのだ。

 


事件翌日の警察発表は「警官は青年が銃を持っていると思い、キンゼイ氏の安全のために青年を撃ったつもりがキンゼイ氏に当たった」

 


警官組合の談話は「事故だった。警官も時には間違いを冒す。警官はコンピュータでもロボットでもない。神の創造物だ」

 

 

 


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author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 19:00
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トランプの妻「ミシェル・オバマの演説をコピー」大騒動のあれこれ

 

トランプの妻「ミシェル・オバマの演説をコピー」大騒動のあれこれ

 

 

ドナルド・トランプが正式に共和党の大統領候補に指名される共和党の全国大会、その初日7月18日に最も大きな話題となったのはトランプ本人ではなく、妻のメラニア・トランプだった。

 


大統領選への立候補表明以来、夫トランプが世間を騒がし続ける中、メラニアが表舞台に立つことはあまり無かった。そのメラニアにとって党大会での単独スピーチはまさに大仕事だった。しかし自分が移民であること、両親からハードワーク(勤労)の価値を学んだこと、他者への敬意を次世代にも伝えなければならないことをシンプルに、力強く語り、拍手喝采を浴びた。

 


ところが翌日には「スピーチはミシェル・オバマの盗用だった」と蜂の巣を突いたような大騒ぎとなってしまった。

 


ミシェル・オバマが2008年の民主党全国大会でおこなったスピーチと、メラニアのスピーチの類似部分を並べたビデオ。かなり似通っている。

 

 

 


この“事件”に対し、3つのグループが大きく反応した。

 


●アメリカ
アメリカは剽窃(盗用、盗作)にとても厳しい。学生は論文を書くにあたってこのことをみっちりと教わる。それでも時には盗用が行われ、「大学教授が論文の盗用で辞職」「政治家がスピーチの盗用でバッシング」が一定の頻度でニュースになる。ちなみにバイデン副大統領も過去に盗用スピーチで大統領立候補を取り下げるという苦い経験をしている。

 


●共和党
トランプのイメージアップとなり、大成功と思われたスピーチが一夜明けると大スキャンダルに。しかも盗用元が過去8年間、大統領の座から引きずり下ろそうとして成せなかったバラク・オバマの妻。最悪のケースである。

 


●アフリカン・アメリカン
中でも女性たちにとってミシェルは“クイーン”とも言うべき存在。そのミシェルから “白人女性” が “盗んだ” のである。この盗用事件もさっそく多くのコラージュやジョークのネタにされているが、その中のひとつが映画「ブリング・イット・オン」のワンシーンだ。

 


ライバル同士の黒人チアリーダーと白人チアリーダーの会話シーンがある。白人チームが黒人チームの優れた振り付けをこっそり盗み続けていることに、黒人チームのキャプテン(ガブリエル・ユニオン)が「もう我慢できない」という表情で言う。「私たちが何かを手に入れるたびに、あなたたちは盗んで、自分たちのモノにしちゃうのよ!」

 


以下はその例としてよく引き合いに出される音楽史話だが、1950年代にリトル・リチャード、チャック・ベリーなど優れた黒人「ロックンロール」ミュージシャンがいた。しかし、ロックンロールをビジネスとして成功させたのはエルヴィス・プレスリーであり、以後、プレスリーは「キング・オブ・ロックンロール」と呼ばれ、ロックンロールという言葉は白人の音楽を指すようになってしまった。そして数十年後、今度はヒップホップが……。プレスリーやエミネムが類い稀な才能と魅力の持ち主であることは事実だが、それはこの文脈では関係のない話である。

 

 

コラージュ「私のスピーチを返して」

「私の髪型を返して、私の手のジェスチャー、私のスピーチ、私の……やれやれ」

 

 

 

話は変わって。

 


当初、誰もが原稿はスピーチライターが書いたものだと思った。政界ではそれが当たり前だからだ。ところスピーチライターによって書かれた原稿が、メラニアの意向により政治原稿の経験のないトランプ・オーガニゼーションのスタッフライターによって書き直されたらしい。

 


騒ぎが続く中、21日にスタッフライターが公開書簡を発表。原稿の内容に満足しなかったメラニアがミシェルのスピーチの一部を持ち出し、ライターはそれをスピーチに挿入した。つまり自分の誤ちであり、辞職を願い出たがトランプは「誰でも失敗は冒す」と辞職させてくれなかったとある。

 

 

書簡には、メラニアがミシェルのスピーチを持ち出したのは「メラニアが常に好感を抱いている人物はミシェル・オバマ」だからとも書かれている。

 


共和党にとって最悪の一文である。ミシェルが万人を魅了する女性であることは事実だが、政治演説の経験のないメラニアが、政治原稿の経験のないライターに訂正をさせ、それを誰もチェックしなかったというトランプ陣営の甘さが露見した。政治経験のないトランプが大統領になれば、こうした事態が頻発するのは容易に予測できる。

 

 

 

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author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 18:43
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連邦議事堂のインターンはメラニン色素で決まる〜マイノリティは資格なし?

 

連邦議事堂のインターンはメラニン色素で決まる〜マイノリティは資格なし?

 

 

今日、7月18日、オハイオ州で共和党の全国大会が始まった。この大会で正式にドナルド・トランプが共和党の大統領候補、マイク・ペンス(現インディアナ州知事)が副大統領候補に指名される。

 


過去2週間に全米各地で警官による黒人男性射殺、元米兵の黒人男性による警官射殺が4件も起り、共和党の全国大会はかつてないほどの緊張感に包まれている。オハイオ州には「オープンキャリー法」があり、装填した銃を他者に見えるように携帯することが合法。つまり大型銃を肩にかけてスーパーマーケットで買物をすることも許される。

 


言うまでもなくトランプはマイノリティの多くから支持をされないどころか、激しく嫌われており、一方、白人至上主義者はトランプを支持。党大会の会場周辺に集うトランプ支持派、アンチ・トランプ派がいともたやすく人種対立に結びつく可能性がある。その双方が全員ではないにせよ銃を所持するわけで、警備をおこなう警察もさらなるプレッシャーにさらされている。

 


 


この党大会の2日前、下院議長のポール・ライアンがインスタグラムにアップした1枚の写真が大きな批判を浴びている。

 


この夏、ワシントンD.C.の連邦議事堂(国会議事堂)でインターンとなる若者たちとライアンのセルフィー、自撮り写真だ。

 

 

 

 

今のアメリカでこの写真を見て驚かないわけにはいかない。この原稿を書いている時点で6,500ものコメントが書き込まれている。

 

「白人の海」(何かが大量にあることを "the sea of ~" と言う)


「冗談だろ?」


「共和党の反映」


「(インターンの資格に)メラニン色素以外に求められるものは無いのか?」


「これが全員黒人だったら問題になるだろう」

 


下院議長のライアンが共和党であることと、インターンたちの支持政党がどれほどリンクしているかは不明。しかし、国政に強い関心を持つ若者が貴重な経験を得られる場をマイノリティに提供せず、それを前回の大統領選に立候補すらした下院議長が臆することなく公表している。特に黒人と警官の射殺事件が続き、人種問題が非常な緊張状態にある今、である。

 


ライアンは「ポリティカリー・コレクトネス」としてマイノリティも採用する、仮にこの写真の中にマイノリティが1人か2人でも含まれているなら(最後部にアジア系男性?)、自分に近い場所に座らせるなどの配慮を一切おこなっていない。そうした配慮がマイノリティの若者を勇気付け、来年インターンに応募するきっかけになるかもしれないのだ。しかし、アメリカ合衆国下院議長という国政のトップにある人物は、人種的マイノリティの国政参加を望んでいない。

 

 

一枚の写真が、アメリカの人種問題の根深さをかくも雄弁に物語っているのである。

 

 

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author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 06:49
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「ブラック・ライヴズ・マター」とう言葉は何を意味するのか

2016/07/12

 

「ブラック・ライヴズ・マター」という言葉は何を意味するのか

 


今、アメリカで大きな社会現象となっている「ブラック・ライヴズ・マター」運動。ブラック・ライヴズ・マター Black Lives Matter とは一体、何を意味するのか。

 


ブラック・ライヴズ・マターは 4年前、当時17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンが自称自警団の男性に射殺された事件を発端に生まれた運動であり、以後、黒人が警官に殺害されるたびに全米各地で大規模なデモを行っている。

 


そして先週。アメリカにとって非常に辛く厳しい一週間だった。7月5日にルイジアナ州、翌6日にミネソタ州で黒人男性が警官に射殺された。たちまち全米で抗議デモが展開され、7日のテキサス州でのデモ中に警官5人が「スナイパー」によって射殺される事件が起きたのだ。犯人は米軍退役兵の黒人男性だったが、ブラック・ライヴズ・マターとは無関係だった。

 


過去に起きた警察による黒人殺害事件それぞれの詳細、ブラック・ライヴズ・マターの活動形態についてはこれまでに雑誌の記事、ブログ、ツイッターに書いてきた。今回は日本語には馴染みにくい「ブラック・ライヴズ・マター」Black Lives Matterという言葉そのものと、その周辺事情について書いてみる。

 


 


この「ブラック・ライヴズ・マター」というフレーズが日本で浸透しにくいのは、かつての黒人運動の象徴であった「ブラック・パワー!」と違い、英語のままだと意味が分からない、分かりやすい直訳もできないことではないかと思う。


Black Lives Matterは直訳すると「黒人の命 “は” 大切」となるが、これでは本当の意味と背景が分からない。この言葉が表しているのは、「これまで人種差別と白人特権により白人の生命のみが尊重され、黒人はいとも容易く殺されてきたが、黒人の生命 “も”また、同等に大切なものだ」という主張だ。

 


 


ところがアメリカにも「黒人たちが『黒人の命 “こそ” 大切』と主張している」と解釈し、「黒人の命 “だけ” を取り立てて重要とするのは逆差別」「全ての人種の命が等しく大切であり、つまり"All Lives Matter"だ」との声がある。この類いの発言は黒人が置かれてきた、今も置かれている位置を理解しない層の口から出ることが多い。

 


警官たちもブラック・ライヴズ・マターという言葉を嫌う。ブラック・ライヴズ・マター運動の目的は「警察暴力」という構造的な現象への抗議だが、デモ現場ではデモ参加者が警官にカースワードを投げ付け、中指を立てることもある。デモを阻止しようとする警官隊と参加者がぶつかり、双方に身体的な危険も付きまとう。そして今回、警官12人が狙い撃ちされ、5人が亡くなるという最悪の事態が起ってしまった。

 


このように銃社会アメリカでの警官は文字どおりに命Lifeを賭けた仕事であり、彼らとってもLivesという言葉は非常に重い。そこでブラック・ライヴズ・マターへの対抗として生み出されたのが「ブルー・ライヴズ・マター」Blue Lives Matter、「警官の命も尊重されて然るべき」というフレーズだ。アメリカでは青blueは警察を象徴する色なのだ。

 

 

Black Lives Matter

 

All Lives Matter

 

Blue Lives Matter

 


三者三様の歴史と生活背景と思考。
それらの折衷点を、アメリカは模索し続けていくことになる。

 

 

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author:堂本かおる, category:ブラックカルチャー, 01:05
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「アメリカであなたが黒人なら殺される23の理由」 〜アリシア・キーズ

「アメリカであなたが黒人なら殺される23の理由」

 〜アリシア・キーズ

 

止まらない黒人への警察暴力と、黒人の生命の貴重さを訴えるカウンター運動ブラック・ライヴズ・マター。アメリカは今も大揺れに揺れている。


その最中、R&Bシンガーのアリシア・キーズがビヨンセ、リアーナ、レニー・クラヴィッツ、マックスウェル、A$APロッキー、ボノなど錚々たるメンバーを集めて「We Are Here Movement」を起こした。


7月13日にアップされたビデオ「アメリカであなたが黒人なら殺される23の理由」には、過去に主に警察暴力によって命を落とした黒人たちの名と、死に追いやられた理由が延々と23件分続く。



これほどたくさんの人が殺された理由は「雨の日にフーディを被っていた」「子どもが公園で玩具の銃で遊んでいた」「自宅アパートの遅いエレベーターの代わりに非常階段を使っていた」など、いずれも誰もが日常生活で何も考えず、ごく普通のおこなう行動だ。しかし黒人であれば、その代償が時には「死」、しかも警官の放つ銃弾によるものとなってしまう。



以下がそのリスト。



1)サンドラ・ブランド(28)
2015年7月13日
テキサス州ウォラー
「車線変更時に方向指示器を未灯火」
(※留置所内で死亡)

 

 

2)フィランド・カスティリョ(32)
2016年7月6日
ミネソタ州ファルコンハイツ
「恋人の車を運転」

 

 

3)レマーリー・グラハム(18)
2012年2月2日
ニューヨーク市ブロンクス
「自宅アパートのトイレへ走り込む」

 

 

4)エリック・ガーナー(43)
2014年7月17日
ニューヨーク市スタテンアイランド
「雑貨屋の前でタバコを販売」
(※警官に羽交い締めにされ、窒息死)

 

 

5)オスカー・グラント(22)
2009年1月1日
カリフォルニア州オークランド
「電車に乗る」

 

 

6)グレッグ・ガン(58)
2016年2月25日
アラバマ州モントゴメリー
「友人と自宅へ向って歩く」

 

 

7)フレディ・グレイ(25)
2015年4月12日
メリーランド州ボルティモア
「目を合わせる」
(※警察署へ向う警察車輛の中で負傷、死亡)

 

 

8)アルトン・スターリング(37)
2016年7月5日
ルイジアナ州バトンルージュ
「スーパーマーケットの前でCDを売る」

 

 

9)トレイヴォン・マーティン(17)
2012年2月26日
フロリダ州サンフォード
「フーディを着る」
(※自称自警団の男性に射殺される)

 

 

10)マリオ・ウッズ(26)
2015年12月2日
カリフォルニア州サンフランシスコ
「警官から歩き去る」

 

 

11)ラクアン・マクドナルド(17)
2014年10月20日
イリノイ州シカゴ
「警官に歩み寄る」

 

 

12)サミュエル・デュボース(43)
2015年7月19日
オハイオ州シンシナチ
「前部のナンバープレート紛失」

 

 

13)タミア・ライス(12)
2014年11月23日
オハイオ州クリーブランド
「オハイオの公園でモデルガンを手に持つ」
(※同州は銃の携帯が合法)

 

 

14)ウォルター・L・スコット(50)
2015年4月4日
サウスカロライナ州ノースチャールストン
「ブレーキライトの壊れた車を運転

 

 

15)ショーン・ベル(23)
2006年11月25日
ニューヨーク市クイーンズ
「婚前パーティの前に自分の車の中に座る」

 

 

16)アカイ・ガーリー(28)
2014年11月20日
ニューヨーク市ブルックリン
「自宅アパートのビルの非常階段を使う」

(※射殺した警官はアジア系)

 

 

17)レニシャ・マクブライド(19)
2013年11月2日
ミシガン州ディアボーンハイツ
「事故の後に助けを呼ぶ」

 

 

18)インディア・M・ビーティ(25)
2016年3月19日
ヴァージニア州ノーフォーク
「ヴァージニア州でモデルガンを手に持つ」
(※同州は銃の携帯が合法)

 

 

19)

クレメンタ・ピンクニー(41)
シンシア・ハード(54)
シャロンダ・コールマン・シングルトン(45)
ティワンザ・サンダース(26)
エセル・ランス(70)
スージー・ジャクソン(87)
ディペイン・ミドルトン・ドクター(49)
ダニエル・シモンズ(74)
マイラ・トンプソン(59)
2015年6月17日
サウスカロライナ州ノースチャールストン
「聖書勉強会へ向う」
(※白人青年が黒人教会で銃を乱射)

 

 

 

20)ジョン・クロフォード(22)
2014年8月5日
オハイオ州ビーバークリーク
「ウォルマートでBB銃を手に持つ」
(※量販店の棚に陳列されていた銃を手にしていた)

 

 

21)レキア・ボイド(22)
2012年3月21日
イリノイ州シカゴ
「笑う」

 

 

22)アマドゥ・ディアロ(23)
1999年2月4日
ニューヨーク市ブロンクス
「サイフを掴む」
http://www.nybct.com/5-04-MM2000-5.html

 

 

23)ジャマル・クラーク(24)
2015年11月15日
ミネソタ州ミネアポリス
「誕生パーティに参加」

 

 

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author:堂本かおる, category:アメリカ文化・社会, 18:00
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